まま、棒のようになって動かなかった。久七はぼんやりそれを見下した。ふと屈み込んで引起そうとした。彼女の手足は硬ばって冷たくなっていた。額に手を当てると、底知れぬ冷たさがぞっときた。
 彼は飛び上って、眼をある限り見開いた。ぶるぶると震え上った。
 震えが止むと、彼はきょろりとあたりを見廻した。馳け出して出刄を取って来た。身構えをしたが、誰も来る者はなかった。しいんとした月夜だった。
 彼はぽかんとして手の出刄を取り落した。上り口の柱にしがみつきながら、がっくり身を落した。そして、足下に横たわってる死骸と同じように、いつまでも呆けた不動のうちにじっとしてる――平吉が四五人の者を連れてやって来るまで、そしてその後までも。



底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1−13−22])」未来社
   1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「新小説」
   1922(大正11)年2月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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