が、そんなことはどうでもいい。僕はたった一人で提灯をつけて一里の道を帰っていった。もう日はとっぷりと暮れて、月の光が冴えきっていた。月夜に提灯をつけるというのは、一寸聞いたら可笑しいか知らないが、田舎の人は夜道をする時には、どんな明るい月夜にも必ず提灯をつけるものだ。森の中にはいったり月が曇ったりする時の用心のためもあろうが、それよりも、そのぽつりとした蝋燭の光が、足許二三尺だけを輝らす弱々しい蝋燭の光が、何だかこう自分を導いてくれる光明のように思えるからだ。それほど、田舎の広々とした平野は淋しい不気味なものなんだ。たとい月の光が千里を照らすというほど煌々と輝いていても、その光は物影とくっきり際立って見られる都会のと違って、眼の届く限り一面に降り濺いでるせいか、空の明るいわりに地面は妙にぽーとして、物に漉されたような頼りないものになってしまって、足許が変に心もとなく感ぜられる。例えばじかにさす電燈の光は、どこかはっきりと力強いが、あれに紗の布でも被せてみ給え、どんな高燭の光でも、室の中が明るいわりに畳の目はぼんやりしてくる。云わば盲いた光なんだ。広々とした田舎の月の光がやはりそうだ
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