を見い見い、僕の顔は見ないで、少し震えを帯びた声で云い出した。
「あの……済みませんが、提灯の火を貸して下さいませんか。躓いたはずみに消してしまいましたので。」
 そんなことだろうと前から思っていた、という気が僕はその時した。当り前のことのようにマッチを取出して火をつけてやった。そのぱっとした光で僕は初めて彼女の顔を見た。普通の……美しくも醜くもない顔立だったが、大きな束髪の下に浮出したその艶のない真白さが、何だか異様に感ぜられた。
 それから僕達は、二人共めいめい提灯を下げて連れ立って歩き出した。
「何処まで行かれるんですか。」
「麓の町まで参ります。」
 それだけで二人共黙り込んでしまって、提灯の火に足許を用心しながら、すたすた歩き続けた。道は真暗な木影にはいったり明るい月の光の中に出たりした。
 そして一里ばかり行った頃、彼女は先刻躓いた足が痛むと云い出した。で僕は彼女の手を引いてやらなければならなかった。しまいには彼女の腕を取って、抱えるようにして歩いた。
「私何だか昔、こんな風にして誰かに連れられて、夜道をしたことがあるような気が致しますの。」
 しみじみした調子で彼女は云った。そう云われると僕も何だか、昔そういう風にして夜道をしたことがあるような気がしてきた。然し腕を抱えられてるのは僕の方で、相手はその女じゃないし、道もそのあたりではなかった。誰だったろう、何処だったろう、そんなことがしきりに考えられた。
 そのうちに、初め温く柔かだった彼女の腕が、だんだん硬ばって冷くなってきた。
「どうかしたんですか。」
 彼女はただ頭を振っただけで何んとも云わない。いろいろ尋ねてみたが、どうしたことか彼女は一言も口を利かないで、頭を打振るばかりである。僕は変に不気味になり出して、それかって彼女を放り出すわけにもゆかないで、とっとっと足を早めると、彼女は足が痛いと云ってるくせに、後れがちにもならないでついてくる。僕もしまいには黙り込んでしまって、木か石をでも引張って歩いてるような気持になった。
 そのうちに、道が次第に平になって、彼方のなだらかな山麓に、停車場やそのまわりの小さな町の燈火が、月光に煙ってぼーっと見え出してきた。もう安心だと思うと、急に気がゆるんだせいか、足が重くて仕方がなくなった。
 ふと気がついて、彼女の方はと思って振向くと、不思議なことには、現在自
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