狭い土間で、ただ動きまわるだけです。私をまん中にして、ぐるぐる廻ります。
「樽御輿だ。ワッショイ、ワッショイ。」
「なに、姫御輿だ。ワッショイ、ワッショイ。」
私は姫御輿にされ、皆から取り巻かれ、肩や腰に手をかけられぐるぐる廻らされます。その男たちの、ねばねばした手が私の手に触れ、くさい息が私の顔にかかります。厭らしくて穢ならしくて、私はけんめいに逆らいますが、放してくれません。悲鳴をあげ、涙ぐんで、手当り次第に引っぱたきました。
「どうした。あんまり騒ぐんじゃねえよ。」
和服を着流しの中尾さんです。井上さんと奥で密談をして、帰りかけたところです。時々、物資の取引きかなんかのことでしょうが、井上さんと密談をすることがあります。土地の顔役だそうで、頭の禿げた老人ですが、力が強そうです。
「あ、中尾さんですか。」
一同は静まりました。私は解放されました。
「若い娘をいじめたりして、みっともねえぞ。お祭りに酒が足りなかったらしいね。俺が奢ってやろう。」
頭をかいてお時儀をする者もありました。
「いえね、美枝ちゃんが倉光君をどこかに隠したというんで、糺明してたんです。」
「ばか言え。」
卓子を並べなおして、それぞれ席に就きました。ふしぎなことに井上さんまでが、中尾さんを送り出すところではありましたが、その席に腰を下してしまったのです。井上さんが土地の人と一緒に飲むなんてことは、これまでになかったのです。
「倉光君は、今日はまだ一度も来ないのかい。」
そんなことを、井上さんまでが、お島さんに尋ねています。
料理はなんにもいりません。摘み物だけで、日本酒のお燗をするだけです。姐さんも出て来たので、私は奥に引っこんでいました。顔を洗い手を洗いました。男くさくって、むかむかしました。中尾さんはもうお爺さんですが、それでもなんだかいやです。少しく猪首で、肉の厚ぼったいその頸筋が、陽やけしてざらざらしてるくせに、へんに脂っこい感じです。
しばらくして、若い男たちは帰ってゆきましたが、中尾さんと井上さんは居残って、特別のウイスキーをビールにわって、飲みました。ひそひそと話しあったり、ふいに高笑いをしたりします。密談のしめくくりをしてるのでしょうか。それとも、猥談でもはじめてるのでしょうか。姐さんまで一緒になって笑っています。もうつくづく厭になりました。
そのあと、中尾さんが帰ってゆき、お島さんもちょっと片付けものをし、店をしめて帰ってゆきました時、二階への梯子段の上り口のところで、井上さんは突然、よろけるような風をして、私の背にもたれかかりました。ほんとによろけたのではありません。背中に押っ被さるようにして、両手を肩から胸へまわし、抱きしめてしまいました。熱い息が、頬から襟元へかかります。私は呼吸もとまる思いで、立っておられず、へたへたとくずおれて、そこの板敷につっ伏してしまいました。井上さんは何とも言わず、よたよたと梯子段を昇ってゆきました。
私は起き上って、体中、着物をはたはたとはたきました。それからまた、顔から首まで洗い、手を洗い、足も洗いました。胸がむかついてき、残ってるウイスキーを、やけに飲んでやりました。どこもここも、男くさくって、穢ならしいのです。そればかりでなく、妙に恐ろしくさえなりました。どんなことが起るか分りません。なにか真黒な怪しいものが、いつ襲ってくるか分りません。えたいの知れない厭らしい恐怖です。
私はウイスキーを飲んでやりました。何の役にも立たないかも知れないが、クマを檻から出して土間に放ってやりました。クマは土間を嗅ぎまわって、また檻の中にはいってゆきます。私はそれを蹴りつけてやりました。それから布団を引きずり出し、着物のまま頭から被りました。
表に二三人の足音がします。足音はうちの前で止りました。戸によりかかって、とんとん叩きました。
「もう寝たんですか。」
酔っぱらってると見えて、大きな声です。
「もう寝たんですか。」
とんとんと叩きます。
「美枝ちゃん、美枝ちゃん、ちょっと開けてくれ。僕だよ。」
こんどのは、倉光さんの声です。大きく戸を叩きます。黙っているとまた叩きます。
姐さんがまだ寝ていなかったらしく、二階から降りて来ました。
姐さんは私に声をかけましたが、返事をしないでいると、自分で表へ行って、戸を少し開きました。
三人ばかり、男のひとが、のめるようにはいって来ました。倉光さんのポマードの髪がぴかりと光りました。
私はもう起き上っていました。倉光さんたちが何か言ってごたごたしてるまに、そっと室から出て、草履をつっかけ、裏木戸をあけ、外にぬけ出ました。うちの中がこれ以上男くさくなってはもうとてもたまらず、外の清い空気が吸いたかったのです。
深い霧でした。それでも、霧の中
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