はどうにもならなくなるよ。僕はそれを心配してるんだ。行き詰まりの日が必ず来る。その時は、どうするんだい。」
「自殺か犯罪か、と君は考えるだろうが、大丈夫、心配はいらんよ。」
中尾はぎょっとしたように私の眼を見つめた。自殺か犯罪か、それを彼は想像したに違いないし、他にも同様な者がいるらしい。然し私のような程よい人間に、そんな大それたことが出来るものか。中尾は突然話をかえた。
「立ち入ったことを言うようだが、あの三上京子ね。彼女に、君は貢いでるか搾られてるかして、だいぶ金を使ってるという噂もある。これは注意しなけりゃいかんね。」
私のことが問題になったのはそんなところからだろうと、私は直ちに感じた。これは全くまずい。私は嘘を言った。彼女に金を借りたことがあるので、御礼心に洋服地を贈っただけで、他意はないし、第一、女に対する礼は厚くしなければならない、などと言いながら、私は少し冷汗をかいた。中尾は信じかねるように、そして不満そうに、焼酎をあおった。
「いろいろ噂にも上ってることだし、用心しなくちゃいかんよ。」
そのようなことで、結局あやふやに終った。私の方では、借金の整理方法もつきかけてるから安心してくれと、中尾の手を握りしめてやった。実のところ、もう大して借金を繰り返さなくともよいところまで、黒川の手にある私の資金は太っていたのである。
会社に於ては、私の周囲に微妙な雰囲気が漂っていた。ひそひそとした噂話、好奇の眼、不安そうな眼、冷淡な素振り、わざとらしい同情的態度など、さまざまなものが私を中心にして埃のように舞い立ってる感じだ。そしてただ雑然としていてまとまりがなかった。それを打診するようなつもりで、私は同僚の一人に借金を申し込んだところ、容易く一万円貸してくれた。意外だった。私はなにか反撥的な気持で、期限のきた他の借金を返す時、その男の机に、謝礼の煙草包みをわざと人目につくほど公然と置いた。それを彼はこそこそと鞄にしまった。ざまあ見ろという思いで胸がすっとした。
そういう雰囲気を背景にして、京子が私に突っかかってきた。彼女は私を避けてる風だったし、私の方でも遠慮して遠のいていたが、突然、アパートに来てくれと言う。その約束の日曜の午後、私は肚を据えて出かけた。何か重大な相談があるらしく感ぜられるし、すべて彼女の意向に従う覚悟をしたのである。
彼女は珍らし
前へ
次へ
全11ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング