った低地の家根並の彼方、田端一帯の高台は、正面に日光を受けて、明るく暖く輝いていたが、椎の木の下はとっぷりと影になって、ほろろ寒かった。良一はその椎の木をさほど立派だとも思わなかった。
「ここは、朝日の光を受ける時でなくてはだめだ。」と川村さんは云った。
それが、別れを告げる言葉のように響いた。短い間で、三人はそこを出て、待たしておいた自動車に乗った。そして上野の池の端の方へ、支那料理をたべに行った。
「今日は贅沢してもいいが、明日からはずっと倹約だ。」と川村さんは云って笑った。「これからはもう、君の伯父さんにも狂人だと云われなくともすむだろう。」
「結婚なさるんですか。」と良一はとっさに尋ねた。
川村さんと小鈴とは眼を見合って、晴れやかな微笑をかわした。
「すぐそれだから、君たちには困るよ。もっと自由な考え方をするんだね。」
良一は何故ともなく顔を赤らめた。そしてまた、川村さんの気持が分らなくなるのだった。
竹山茂樹は、施療の精神病院にはいった。父親の遺骨は、故郷の山形へ送られ、母親は、川村さんの家で、家政婦として働くようになった。そして神明町の椎の木は、それから数年後、現
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