、京城へ行った。覚悟をきめて働き通し、数年後東京へまい戻って、製菓会社に勤めていた。刑余の身をこうして無事に暮せるのも、其後の正しい決心の賜物だというのだった。そしてただ一目茂樹に会いたいと、始終探しているのだった。
 云うことは正しく、調子は鄭重で、態度は卑屈だった。僕は変にちぐはぐな印象を受けて、初めの反感が消えなかった。それで思いきって――そうでなくとも僕の性質としては同じことをしたろうが――茂樹親子の境遇をぶちまけ、茂樹の精神状態まで話してきかした。
「どうしても、逢ってはいけないものでございましょうか。」と彼は云った。
「時機があると思います。その時が来たら僕が取計らってあげましょう。ただ、今すぐはいけません。」と僕は云いきった。
 その時の僕の態度を、小鈴はあとで、まるで裁判官のようだと云った。然し僕は、彼の過去の行為を責める気は少しもなかった。ただ、現在の彼に対して、何かしら腹に据えかねるものがあった。それは殆んど動物的な感情だったかも知れない。
 それから一ヶ月ばかり、竹山茂吉からは何の消息もなかった。そして突然、昨日電話があって、今晩、先程のあの料理屋で逢った。
 茂
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