椎の木
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)感冒《かぜ》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]
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     一

 牧野良一は、奥日光の旅から帰ると、ゆっくり四五日かかって、書信の整理をしたり、勉強のプランをたてたりして、それから、まっさきに、川村さんを訪れてみた。
 川村さんはもう五十近い年頃で、妻も子もなく、独りで老婢をやとって暮していた。学者だが、何が専門で何が本職だか分らなかった。書斎にはいろんな書物がぎっしり並んでおり、雑誌や新聞に詩や批評や随筆などいろいろなものを書き、私立大学に少しばかり勤めていた。ひどく真面目なところと出たらめなところとがあった。その川村さんを、良一は尊敬もし好きであった。自分の遠縁にあたるのが自慢だった。
 風のない薄曇りの日で、雪にでもなりそうな底冷があった。良一はマントの襟を立てて、川村さんの家へ急いだ。
 老婢が出て来た。暫く考えてから答えた。
「いま、お留
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