ったらすぐに来いとのことだった。
 行ってみると、川村さんは二階の書斎にねそべって、何の屈託もなさそうな様子をしていた。小鈴が来ていて、やはりこの前のような束髪で、はでではあるが素人らしいみなりをしていた。彼女も朗かな顔付だった。
「やあ、こないだは……。家に帰って、叱られやしなかったかい。」
 むっくり身を起した川村さんは、言葉の調子にも似ず、そして屈託のなさそうな様子にも似ず、何となく元気がなかった。
「実は、竹山のことを君に報告しようと思って来て貰った。思いがけない結果になったものだから……。」
 その結果というのが、良一には想像もつかないことだった。――
 あれから、川村さんはどういう風に竹山父子を対面させようかと思いあぐんで、一日一日延していた。すると、この前の日曜の午後、竹山茂樹がやって来た。
「先生、研究が完成しました。すぐに来て下さい。」
 その、語尾が曇って、眼は全く据ったきりで動かなかった。そして靴のまま座敷にあがりこんでいた。
 川村さんは首を傾げたが、とにかく、訳をたずねてみると、最も嫌いな最後の一つの顔が、写真にとれたというのだった。而も何枚もとれた。大勢のスパイが出て来て邪魔しようとしたが、遂に勝利を得た……。
 川村さんはぎくりとした。竹山を連れて自動車を走らせた。
 家の中はしいんとしていた。上りこむと、母親が真蒼な顔をして、彫像のように坐っていた。
「どうしたんですか。」と川村さんは声をかけた。
 彼女はなかなか返事も出なかった。恐らく心は深い淵の中へでも落込んだようで、浮出してくるのに骨が折れたのであろう。ようやくにして彼女は挨拶をして、それから話し初めた。
 その日は、穏かな好天気だった。竹山はいつのまにか、母親が隠しておいた例の写真器をとりだして、ひそかに出ていったらしい。そして二三時間たつと、表から勢こんでとびこんできた。
「お母さん、喜んで下さい。研究が出来上りましたよ。これから川村先生をよんできて、いっしょに現像するんです。」
 そして彼は写真器を自分の室の卓子の上において、また飛びだしていった。
 母親は不安な予感に駆られた。騒ぐ胸を抑えてじっとしていると、茂樹が出ていってから暫くして、のっそりはいりこんできた男があった。一目見て、彼女はあっと声を立てた。夫の茂吉だった。
 茂吉はつっ立って、彼女を見据えていた。彼のう
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