けなのであろう。
そこへ若い女が茶をくんできた。一度も見たことのない女で、それも、普通の女ではなさそうだった。洋髪に結った髪がばかに綺麗にさらっとカールしていて、黒襟のかかったはでなお召の着物をきていた。襟頸がすっきりとぬけて、顔の皮膚が不自然になめらかだった。木の葉にちらつく日の光のようなものが眼の中にあって、それが淡い香水のにおいといっしょに、良一の方へおそってきた。
女が出てゆく後ろ姿を、良一がけげんそうに見送っていると、川村さんは事もなげに云うのだった。
「ちょっと、手伝いに来てる女だよ。」
「ひどくお悪いんですか。」
「なあに、心配して来てくれてるんだが、ただの感冒《かぜ》だ。熱が少し。九度五分ばかりあるきりで、それも、すぐにさがる筈だ。」
ただの水枕きりで、氷もあててなかった。頬が少し赤くほてってるだけで、元気ではっきりしていた。酒に強いと同じに、熱にも強い、四十度くらいまでは平気だ、と彼は笑っていた。そして良一の旅の話をききたがった。
「奥日光……あの辺はいいね。戦場ヶ原から湯本温泉へかけて……。あすこに、温泉の湖水があるのを知ってるかい。湖水のふちから熱湯がわきだして、それが一面にたたえている。そして湖水の底からは、清水《しみず》がわいている。そこに姫鱒が養殖してある。釣りに出ると愉快だよ。舟にのって出かけるんだが、よく釣れる。針にかかったやつを、ゆっくり遊ばせながら引上げると、湖水のおもては熱い湯だろう、手元にくるまでには、鱒がほどよく煮えて、それを、酢醤油で食べるってわけだが……。」
湯の湖のことだなと良一は思いながら、笑ってききながして、スキーの話や熊の話をした。
「ずっと奥までは、雪のために行けないんだろうね。」と川村さんは云った。「こんど雪のない時に行ってみ給え、あれから山を越した先に、面白いところがあるよ。やはり温泉がふきだしているんだが、どういうわけか、温泉の中にとけこんでいる鉱物質がわかれて、それが岩のように固まり、次第に高く積って、今では小さな山ほどになっている。温泉は無限にわきだすし、鉱物質はかたまりつづけるし、毎日毎日高くなるので、何年か後には、世界にくらべ物のない名物となるだろう。湯の中の鉱物質、まあ湯の花だね、それがつもって富士山みたいになり、更に日に日に高くなりながら、その頂上からは温泉がふいている……。すばらしい
前へ
次へ
全27ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング