こむのは、俺にとっては苦笑ものだ。だからちょっとからかってやりたくなるんだ……。
 片野さんは更に酔い、芳枝さんももう酔っていた。互に別れかねてる様子だった。片野さんはどこかへ行こうと云い出し、芳枝さんはここに泊っていけと云い出した。芳枝さんにしてみれば、昨晩家をあけたばかりだし、また夜遅いので途中も困るのだった。片野さんにしてみれば、よほど特別のことでもなければ、ここに泊っていくのは体裁がわるかった。
「特別のことよ。こんなに遅いんだもの。それに、あたし酔っちゃって……。」
 だが片野さんは何かとぐずっていた。初めてのことではなし、もう分ってることだし、構わないようなものの、第一、彼は佐代子が嫌いだった。
「どうしてそう嫌うの、不思議ねえ。そんなにぶきりょうでもないし、正直だわよ。」
「正直は、ばかってことさ。虫がすかないんだよ。あんな奴、取換えちゃいなさいって、いつも云ってるの、分らないかなあ。図体が長くって、足がちんちくりんだ。頸筋が牛みたいだ。それに反歯《そっぱ》ときてる。それだけでもう、女としてはゼロだ。眼がちょっと見られるからって、鼻が曲っていないからって、反歯の帳消しにはならない。それよりも、僕は虫がすかないんだ。あいつがいないと、ここの家ももっと繁昌するんだがなあ……。」
「しッ、聞えるわよ。あれだって、目をつけてるお客さんがあるのよ。」
「へえ、酔狂だな。」
「とにかく、泊っていくわね。」
 片野さんは黙って、天井を見廻した。天井の上が、芳枝さんの室だった。
 片野さんは腕をくんで、眼をつぶった。上体がふらふらしていた。それをなお心持ゆすってるのである。
 俺はとんでいって、その耳に囁いた。――泊っちまいなさい。女にはまけるものですよ。そして、明日から金儲けだ。ここの家も随分きたないじゃありませんか。金を儲けて、きれいに飾りたてるんですね。佐代子なんかも出しちゃって、きれいな娘を置くんですね。まあ万事、居心地よくすることですね。
 片野さんはまだ眼をつぶったまま、上体をふらふらさしていた。
「さあ、どうしたの?」
 片野さんは眼を開いて、芳枝さんの顔を不思議そうに眺めた。それからじっと宙に眼を据えた。
「そうだ、面白いことを考えついた。紙と……レターペーパーでいいから、それと鉛筆をかしてくれない。ちょっと仕事があるんだ。先に寝てなくちゃだめだよ。」
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