、今や南方を向いている。台北を本島の臍とすれば、基隆は足であり、高雄は手である。この高雄の港口の突堤の上で、私は変なことを考えた。嘗て或る人が或る子供に向って、東京市内には上り坂と下り坂とどちらが多いかと尋ねた。子供は暫く答えに躊躇した。この躊躇の心理が分るのだ。理論的には上り坂と下り坂とは同数であるが、心理的に問題となるのは上り坂である。高雄の港には船舶の出入が甚だ頻繁である。その出る船と入る船とどちらが多いかと、私は突堤の上で自分に尋ねてみた。理論的には同数だが、然し、感情は出る船の上に運ばれる。この港は今や、広く大東亜海の四方へ開いてるものとなっている。この実感から高雄港の熱情が湧いてくる。
かかる高雄港を手として持つ台湾に、大きな熱情の湧かない筈はない。大きな熱情が湧けば、文化台湾の性格もやがて創り出さるるだろう。所謂台湾ボケなども克服されるだろう。私はそのことを、台湾に在る内地人や本島人や高砂族の優秀な人々に期待したい。またこのことの助長こそ、台湾皇民奉公会の主目標の一つともなるべきものであろう。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
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