と分たれ、明るい部分が狭く凝縮してくる。そうした時に限る。そしてその明るい部分の中に、人生の日常の経路が中断された、その断面が浮んでくる。主人公を徒らに待ちわびている餉台や臥床は、人生の日常経路の中断面の相貌なのだ。そして暗い部分のなかに、他のさまざまなことが溺れこむ。よく知ってる人の名前を忘れたり、はっきり分ってる事柄が曖昧になったりする。だから、精神の狭い明所に浮ぶ人生の中断面を一人で見つめていればよいので、そんなことは人に話したとて同感を得るわけのものではなく、人に話せるようなことは精神の暗所の中に沈没してるのである。然るに、それを、なぜ今茲に書くかと云えば、実は、一人の人から同感されたのである。
私は酒が好きで、酒の上での知人が幾人かある。酒の上の知人は面白いもので、お互に、経歴も身分も住所も知らず、ただ顔と声と思想とだけで相識り、而も往々、親しい者にも話せないようなことまで不用意に打明ける。そういう話の中では、嘘も事実も共に真実となる。
それらの知人のうちの一人と、私は或る夜遅く、私達の交際場所たる小料理屋で出会った。どちらも酔っていた。彼は何かと話しかけてきた。生憎私は、物を云いたくない時機にあった。或る一つのことに思い耽って、精神内のぽつりとした明るみを見守っていた。彼は話しかけてくる。私はうるさくなって、今は口を利きたくない時だから黙っていてくれと云った。今自分が考えてることは誰にも分らないような種類のものだと云った。彼は口を噤んで、娘の子のような眼付で私の方に窺いよってくるのだった。一体この男は、痩せて眼が鋭く、ひどく意志的に見える一面と、淋しげな微笑をした、投げやりな諦めの一面とを、持っていたのであるが、その二つの面のくいちがった隙間から、時々、内省的な深い空虚を示すことがあって、それが私の注意を惹いていた。その内省的な深い空虚に、私はその時ぶつかった。そして変に淋しくなって、自分の考えてることが人に分らないというのは、例えば……と、前述の食膳や臥床の話をしたのである。
彼はおとなしく聞いていた。初めは私の顔をじっと眺めていたが、しまいには眼を伏せて、手酌で酒をのみながら、もう返事もしなかった。話し終っても、黙っていた。私も口を噤んだ。分ろうが分るまいが、どうでもよいのだ。お互に相手を人間とは思っていないような沈黙が続いた。
そのうちに彼
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