を見調べてみた。髪の毛の薄い、痩せ細った、病身らしい男で、長い首に喉仏が高く出ていた。浅黒い顔の色艶は、呼吸器か消化器かが悪い者のようで、眼の光が疲れて、黝ずんでいた。
彼は私の顔を時々偸み見ながら、ゆっくりした調子で云っていた。
「どういうものか、横になると膝から下がだるくて、かないません。それで、いつも膝の下に物をあてて寝る癖がついて、どうもそうしないと、よく寝つけないです。で、昨晩も、この鞄を膝の下にあてて寝ましたところが、どうも……。」
隣席との境の床《ゆか》に、大きなトランクがあって、その上に、小さな赤革のスーツケースがのっていた。彼はそれを指し示していた。
「どうも……汽車が揺れるせいか、かたっぽの足が滑りおちて、それも知らずに、ぐうぐう寝込んでしまいまして、恥しいお話です。けれど、そういうわけで、決して無作法な真似をしたのではありませんから……。」
彼は昨夜のことを弁解してるのだった。私は気の毒な思いをして、笑い話にしてしまおうとした。
「私はまた、あなたが落っこちでもされたら危いと思って、とんだお節介をしたんですが、初め……足が片方ぶら下ってるのを見た時は、喫驚しましたよ、お化かと思って……。」
「それは……まあ何とも……。」
彼は私の笑顔にも応じないで、真面目な憂欝な顔を崩さなかった。
「然し、癖もいろいろありますが、膝の下に物をあてがって寝るというのは、珍らしい癖ですね。ずっと以前からそうなすってるんですか。」
「もう五六年にもなりますかな……。私は慢性の胃病で、そのために足がだるい、そう医者は云いますが、どんなもんですか。……家内が心配してくれまして、膝の下に何かあてて寝たらよいと云うて、小さい厚布団を作ってくれましたんで、至極工合がよろしゅうて、それが習慣になりましてな、家では不自由しませんが、旅に出ると、よく困ることがあって、どうも……時々やりぞこないましてな……。」
その調子は別に困ってるようでもなかったが、何かしら彼の全体から、変に憂欝なものを私は感じて、何と云っていいか分らなかった。
やがて大津に近づくと、彼は慌てて帯をしめ直して、それから暫く黙って坐っていたが、汽車が駅にはいりかけた頃には、もう立ち上っていた。
「つまらんお饒舌をしまして、失礼しました。私は此処で降りますから……。」
そう云い捨てて、彼は少し猫背加減の
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