でございますよ。」
両親が来るというような竹中さんの言葉は、山口の憤慨を爆発させたらしい。彼は俄にまくし立てた。言い廻しは丁寧だが語調は荒かった。――昨日から貞夫が帰らないので、家の者は心配していた。貞夫はまだ充分に病気がなおってもいないし、物騒な時節柄だ。気をもんでいると、一昨日、庭の梅の古木を、植木屋が掘り返して、どこかへ運んだことが分った。それが貞夫の指図だ。植木屋をつきとめて、こちらだという見当がついた。それで、迎えに来た。いったい、どういう量見だったのか。梅の木の一本や、二本、惜しくはないが、なんで泥坊みたいな真似をするのか。誰かにそそのかされたのか。来てみると、しゃあしゃあと酒なんか飲んでいる。茶屋小屋ならまだしも、ここがどういう家か、よく考えてみたら分る筈だ。もと邸にいた娘の病気見舞いなら、見舞いのような方法もあろう。こちらだって迷惑だろう。近所に電話がないわけではあるまいし、泊まるなら泊まると、邸に電話でもするのが当り前なのを、いつまでも引き留めて酒のもてなしをするなど、以ての外だと、非難されても仕方がなく、そういう迷惑をこちらにかけては済むまい……。
山口は竹中さんに向ってだけ話したのだが、次第に、北川さんへのあてつけが多くなった。直接に北川さんへは口を利くまいと決心してるようだ。その全体が、特別な話し方で、真綿に針を包んでいる。
北川さんと竹中さんは、黙りこんだまま、知らん顔をして、煙草をふかし酒を飲んでいた。お母さんは奥の室の病人の方へ行った。おれはいらいらしてきた。煎餅をこがした。
庭にはもう夕陽が薄らぎかけていた。山口はそちらへ眼をやって、梅の木を見付けた。
「ほう、梅はやはりこちらへ来ているようですなあ。」
山口は無遠慮に立って来て、縁側の硝子戸を大きく開けて、庭を眺めた。
その時、これもやはり隙間なのか、竹中さんは北川さんに小声で言った。
「お邪魔しました。これで失礼します。」
お辞儀をするとすぐ、竹中さんは立ち上って、実にす早く、廊下へ出てしまった。山口が振り向きかけたとたんに、おれは言った。
「寒いなあ。」
大きく開けてある硝子戸を、力一杯にぶっつけてやった。真鍮のレールで滑りがよかった。その戸をまともに受けて、山口はよろけ、縁外に飛び落ちた。
「乱暴な……。」
山口はおれの方を見たが、おれはそっぽを向いていた。
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