上は、盗賊《とうぞく》の住居《すまい》を探《さが》しあてて人形を取り返《かえ》すよりほかはありません。
 それから毎日、昼間《ひるま》は甚兵衛《じんべえ》がでかけ、夜《よる》になると猿《さる》がでかけて、人形の行方《ゆくえ》を探《さが》しました。けれどなかなか見つかりませんでした。ちょうど半月《はんつき》ばかりたった時、その日も甚兵衛は尋《たず》ねあぐんで、ぼんやり家に帰《かえ》りかけますと、ある河岸《かし》の木影《こかげ》に、白髯《しろひげ》の占《うらな》い者《しゃ》が卓《つくえ》を据《す》えて、にこにこ笑《わら》っていました。甚兵衛はその白髯《しろひげ》のお爺《じい》さんの前へ行って、人形の行方《ゆくえ》を占《うらな》ってもらいました。
 お爺《じい》さんはしばらく考えていましたが、やがてこういいました。
「ははあ、わかったわかった。その人形は地獄《じごく》に居《い》る。訳《わけ》はないから取りに行くがいい」
 甚兵衛はびっくりして、なおいろいろ尋《たず》ねましたが、白髯《しろひげ》のお爺《じい》さんは眼《め》をつぶったきり、もうなんとも答《こた》えませんでした。
 甚兵衛は家に帰《かえ》って、その話を猿《さる》にいってきかせ、占《うらな》い者《しゃ》の言葉《ことば》を二人で考えてみました。地獄《じごく》に居《い》るが訳《わけ》はないというのが、どうもわかりませんでした。二人は一晩《ひとばん》中考えました。そして朝になると、二人ともうまいことを考えつきました。
 甚兵衛はこう考えました。
「これはなんでも、地獄《じごく》に関係《かんけい》のある古いお寺《てら》か荒《あ》れはてたお寺《てら》に違《ちが》いない」
 猿《さる》はこう考えました。
「地獄《じごく》のことなら鬼《おに》の思うままだから、鬼《おに》の人形をこしらえたら、それであの人形が取りもどせるだろう」

     五

 それからは、猿《さる》は大きな鬼《おに》の人形をこしらえ、甚兵衛《じんべえ》は荒《あ》れはてた寺《てら》を尋《たず》ねて歩きました。ちょうど都《みやこ》の町はずれに、大きな古寺《ふるでら》がありましたので、甚兵衛はそっと中にはいりこんで様子《ようす》を窺《うかが》ってみますと、畳《たたみ》もなにもないような荒《あ》れはてた本堂《ほんどう》のなかに、四、五人の男が坐《すわ》って、なにかひそひそ相談《そうだん》をしていました。よく見ると、それがあの盗賊《とうぞく》どもではありませんか。甚兵衛はびっくりして、見られないように逃《に》げだしてきました。そして猿《さる》にそのことを告《つ》げました。
「もう大丈夫《だいじょうぶ》です」と猿《さる》はいいました。「人形は盗賊《とうぞく》どもの所《ところ》にあるに違《ちが》いありません。私が行って取りもどしてきましょう」
 甚兵衛は危《あぶ》ながりましたが、猿《さる》が大丈夫《だいじょうぶ》だというものですから、そのいうとおりに従《したが》いました。
 晩《ばん》になりますと、二人は鬼《おに》の人形をかついで、盗賊《とうぞく》の古寺《ふるでら》へ行きました。それから猿《さる》は人形の中にはいって、一人でのそのそ本堂《ほんどう》にやってゆきました。本堂《ほんどう》の中には蝋燭《そうそく》が明るくともっていましたが、盗賊《とうぞく》どもは酒《さけ》に酔《よ》っ払《ぱら》って、そこにごろごろ眠《ねむ》っていました。
「こら!」と猿《さる》は人形の中から大きな声でどなりました。
 盗賊《とうぞく》どもはびっくりして起《お》きあがりますと、眼《め》の前に大きな鬼《おに》がつっ立ってるではありませんか。みんな胆《きも》をつぶして、腰《こし》を抜《ぬか》してしまいました。
 鬼《おに》の人形の中から、猿《さる》は大きな声でいいました。
「貴様《きさま》どもは悪《わる》い奴《やつ》だ。甚兵衛《じんべえ》さんの生人形《いきにんぎょう》を盗《ぬす》んだろう。あれをすぐここにだせ、だせば命《いのち》は助《たす》けてやる。ださなければ八裂《やつざ》きにしてしまうぞ」
「はい、だします、だします」と盗賊《とうぞく》どもは答《こた》えました。
 やがて盗賊《とうぞく》どもは、生人形《いきにんぎょう》を奥《おく》から持《も》ってきましたが、首《くび》はぬけ手足はもぎれて、さんざんな姿《すがた》になっていました。それも道理《もっとも》です。盗賊《とうぞく》どもは人形を踊《おど》らして、金|儲《もう》けをするつもりでしたが、中に猿《さる》がはいっていないんですから、人形は踊《おど》れようわけがありません。盗賊《とうぞく》どもは腹《はら》を立てて、人形の首を引《ひ》きぬき、手足をもぎ取って、本堂《ほんどう》の隅《すみ》っこに投《な》げ捨《す》て
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