ひそひそ相談《そうだん》をしていました。よく見ると、それがあの盗賊《とうぞく》どもではありませんか。甚兵衛はびっくりして、見られないように逃《に》げだしてきました。そして猿《さる》にそのことを告《つ》げました。
「もう大丈夫《だいじょうぶ》です」と猿《さる》はいいました。「人形は盗賊《とうぞく》どもの所《ところ》にあるに違《ちが》いありません。私が行って取りもどしてきましょう」
 甚兵衛は危《あぶ》ながりましたが、猿《さる》が大丈夫《だいじょうぶ》だというものですから、そのいうとおりに従《したが》いました。
 晩《ばん》になりますと、二人は鬼《おに》の人形をかついで、盗賊《とうぞく》の古寺《ふるでら》へ行きました。それから猿《さる》は人形の中にはいって、一人でのそのそ本堂《ほんどう》にやってゆきました。本堂《ほんどう》の中には蝋燭《そうそく》が明るくともっていましたが、盗賊《とうぞく》どもは酒《さけ》に酔《よ》っ払《ぱら》って、そこにごろごろ眠《ねむ》っていました。
「こら!」と猿《さる》は人形の中から大きな声でどなりました。
 盗賊《とうぞく》どもはびっくりして起《お》きあがりますと、眼《め》の前に大きな鬼《おに》がつっ立ってるではありませんか。みんな胆《きも》をつぶして、腰《こし》を抜《ぬか》してしまいました。
 鬼《おに》の人形の中から、猿《さる》は大きな声でいいました。
「貴様《きさま》どもは悪《わる》い奴《やつ》だ。甚兵衛《じんべえ》さんの生人形《いきにんぎょう》を盗《ぬす》んだろう。あれをすぐここにだせ、だせば命《いのち》は助《たす》けてやる。ださなければ八裂《やつざ》きにしてしまうぞ」
「はい、だします、だします」と盗賊《とうぞく》どもは答《こた》えました。
 やがて盗賊《とうぞく》どもは、生人形《いきにんぎょう》を奥《おく》から持《も》ってきましたが、首《くび》はぬけ手足はもぎれて、さんざんな姿《すがた》になっていました。それも道理《もっとも》です。盗賊《とうぞく》どもは人形を踊《おど》らして、金|儲《もう》けをするつもりでしたが、中に猿《さる》がはいっていないんですから、人形は踊《おど》れようわけがありません。盗賊《とうぞく》どもは腹《はら》を立てて、人形の首を引《ひ》きぬき、手足をもぎ取って、本堂《ほんどう》の隅《すみ》っこに投《な》げ捨《す》て
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