て……。」
糸切歯のあたりの金をぴかっとさして笑ったが、その拍子に、眼の縁の薄黒い隈取りが赤くなった。
餉台のまわりには子供達が、燕の子のように口を並べて、彼がはさんでくれる刺身の切を待っていた。彼が少し悪戯をしだすと、それに皆元気を得て、彼の頭の毛を掴んだり肩に上ったりした。それを彼は順々に並ばして、名前を呼んで返事をさした。
「春子。」
「はい。」と極り悪そうな返事だった。
「二郎。」
「はい。」と大きな威勢のいい声だった。
「五郎。」
「はい。」
「桃子。」
「はい。」
「七郎。」
返事がなかった。皿のものを手ずから頬張って、眼をくるくるさしていた。
「此奴はずるいね。今に豪い者になるぞ。」
杯を取上げてぐっと飲んでると、ヒポコンデリーの獅子という言葉をふと思い出した。それに続いて、水中の夢、空中の夢、と口の中で云ってみた。がどれも、無意味な馬鹿げきった響きをしか齎さなかった。
「此奴等も大きくなったら、いろんな馬鹿げたことをやるだろう。が、兎に角、沢山兄弟姉妹があって目出度いわけだ。」
ふと、眼の中に熱いものがたまってくるのを感じて、鼻をすすりあげたが、それからしきりに杯を重ねた。そして彼は、お千代の大きな腹に眼を据えながら、本当に酔っ払っていった。
底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1−13−22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「改造」
1924(大正13)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
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