の呟きが調子を合してきた。殊にいけないことには、俺もどうやら神棚の前に坐ってみたい心地になりそうだった。俺はじりじりしてきた。辛棒すればするほど、心が険悪な方へ傾いていった。
「おい、もう止せよ」と俺は堪《たま》らなくなって云った。
彼女は返辞もしなかった。びくともしないで尻を落付けていた。
「止せったら……止さねえか!」
俺はいつにない手酷しい調子を浴せかけてやった。じっとしてると、息がつまりそうで額が汗ばんできた。然し彼女はいつまでも止そうとしなかった。俺は立上っていって、その肩を突っついてやった。
「今晩だけは止してくれ。もういいじゃねえか。」
彼女はぴたりと祈りの文句を途切らしたが、暫くすると、涙声で云い出した。
「いいえ止さないよ。今晩は本気で祈ってるんだから……。今迄いつも気紛れにやってたのが、空恐ろしくなってきた。……お前さんそう思わないの? やっぱり神様が守ってくれたからだよ。よく罰が当らなかったもんだ! 今晩こそ、心から……本気で……祈ってやる、夜明けまで祈ってやる!……お前さんもお祈りよ。」
彼女はまた訳の分らないことを唱えだした。梃でも動かないほどどっしりと尻を据えて、組み合せた両手を打震わせながら、腹の底から祈りをしているのだった。俺はその後ろに釘付になって、じっと神棚の灯明を眺めやった。眼の中が熱くなってきて、額からじりじり脂汗が流れそうな気持だった。
「止せよ!」と俺は大声に怒鳴りつけてやった。
然し彼女はびくともしなかった。
「止さなきゃ、神棚を叩き壊してやるぞ!」
俺の方ももう夢中だった。眼の中に一杯涙が出てきた。そのためになお感情が激してきた。二足三足神棚に近寄った。
「天《あま》照る神も、ひるめの神も、何もかもあるものか。止せったら!……ぶっ壊しちまうぞ!」
彼女が泰然としてるのを見ると、僕は[#「僕は」はママ]もう我慢出来なかった。いきなり神棚に手をかけた。一寸触るつもりだったのに、案外力がはいって、棚がめりめりといった。榊の花立がひっくり返って、水がさっと頭にかかってきた。もうどうにも踏み止まれなかった。俺は歯をくいしばり眼から涙をこぼしながら、ひきつった両手で棚の上の箱に掴みかかって、それをあらん限りの力で傍の壁の柱へ投げつけてやった。
「あッ!」とお久が叫ぶと同時に、異様な物音がした。もうっと埃の舞い立つ中に
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