でも話せるわけのものではありません。そして私は淋しい気持で帰ってくるのでした。
そういうことに反抗したい気持も、私の心の奥にあったかも知れません。或る日、木村さんをお誘いして、六里ヶ原へ出かけました時、私はひどく快活な様子になりました。小浅間の肩の峯の茶屋まで自動車で行き、それから歩いて分去の茶屋まで行き、そこで街道をすてて左にはいると、もうすぐに、なだらかな斜面の六里ヶ原です。ごろごろした熔岩と火山灰との荒野で、遠く間をおいて小さな雑木が少しあり、他は見渡す限り広々と、浅間葡萄に這松ばかりです。その小さな雑木の影で、サンドウィッチをたべ、お茶をのみ、焚火をしたりしました。それからやたらに歩きました。浅間葡萄の熟した実を見つけるのが楽しみでした。火山灰の地面には、ところどころ、思いもかけないところに、大雨の際の水の流れの跡があって、一間余りも深い溝を拵えています。そこに飛びこむと、なかなか上れないことさえあります。木村さんは、「自由を吾等に」のフランス語の主題歌などを小声で歌いながら、ステッキを打振っていますし、私は頓狂な声を立てて、深い溝の中に落っこったりしました。ただ野口だけは、いつもの通り落着き払って、そしてずっと後れて、四方の山を眺めながら、悠々と歩いていました。その姿を見ると、私には、荒野の中につっ立ってる巨人のように思われます。巨人……私のことなんかは気にもとめない縁遠い他人……というほどの意味なんです。実際、彼は私のことなんかは何とも思っていなかったのでしょうかしら。遠くの方で、深い溝の中に一緒に飛びこんだり這いあがったり、顔をつき合して浅間葡萄の実を奪いあったりしてる、私と木村さんとのことを、何とも思っていなかったのでしょうかしら。もしも……もしも……私と木村さんとが、抱きあって、唇でも……。見ると、木村さんは、皮膚に血の気の浮いた顔をして、子供のように純真な眼付をしています。私も子供のようでした。二人は手を取りあっても、おんぶしても、抱きあっても……決して不自然ではなかったでしょう。それを、野口はどうして引止めようともしないのでしょう。僅かばかりの嫉妬の気持さえ感じないのでしょうかしら。私はそんなに無視されてもいいものでしょうかしら。……何かえたいの知れない熱いものが、胸の底からこみあげてきて、私は頬がひきつるのを感じながら、つっ立って木村さんを
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