を二つ三つ叩いた。そしてふいに、眼をしばたたいた。
「おばさんは、こんどのこと、僕を叱りますか。」
正枝は苦笑した。
「叱るにも価しないんですか。」
正枝は眼を丸くした。李は涙ぐんでいた。
「叱って下さい。僕はおばさんに軽蔑されるのが一番悲しいんです。」
李がほろりと涙をこぼしたので、正枝は度を失った。あれからどんなに心配したか、江原さんも二人のことをどんなに心配したか、それを云ってきかせ、更に、李の室を無断でいろいろ検べたりして悪かったと、そんなことまで打明けた。
「ほんとですか。」と李は叫んだ。「そんなら嬉しいです。おばさんなら、どんなに室の中をひっかき廻されても、ちっとも構いません。世の中に、母親みたいな人は、たった一人きりありません。」
そこで、二人とも黙りこんだ。正枝はその時、不思議に尺八のことを思いだした。
「尺八がかかっていましたね。どうしてあんなところに下げとくんですか。」
李は俄に顔を輝かした。――李がまだ朝鮮にいた頃、その地に、日本人の専売局の役人がいて、その人が始終尺八を吹いていた。李は大変その「竹の笛」に心惹かれた。ところがその人が、或る時虎狩りに山奥
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