部に少しく痺れがくると、横向きになる。
 正面に、緑葉から覗き出てる百日紅の花が見える。じっと見つめていると、花は淋しく微笑み、私は寂寥の淵に沈んでゆく。何物にも代え難く貴い、孤独圏の中の寂寥の深淵だ。心は痛み、眼に涙がにじんでくる。哀愁と喜悦とが合致した境地だ。それを私は何物にも乱されることなく、自分一人のものとして確保したいのだ。ここを通ってこそ、高い思念が得られ、創意が湧いてくるのだ。私はただ祈りたい。
 ――清子が側にいたら、この私の祈りを助けてくれるだろう。その無言の温容で、私に力づけてくれるだろう。黙って側にいることによって、それだけのことをしてくれる、そういう彼女なのだ。そして私は泣きながら起き上り、彼女をこの箱枕に寝させ、彼女にあの百日紅の花を眺めさせるだろう。それにふさわしい彼女だ。
 然るに、この箱枕のために、嘗て怒ったことのない私が、本当に腹を立てたのだ。
 尾形と久子とが連れ立ってやって来た。私はもうあまり人に逢いたくない、当分は……。それでも、嫌な顔をせずに彼等を迎えた。――私が家に引籠って、酒ばかり飲んで、寝たり起きたりしてることを、尾形は聞いて、心配してくれたのだ。
 彼は怪訝な眼付で、私の様子をうかがいながら、調子は快活に言う。
「どうも病気らしいというから、来てみたら、案外元気じゃないか。それとも、酒気違いというやつかね。」
 私は寝床も片付けさせていたし、坐り直していた。髯は隔日に剃るのが習慣で、生えてはいない。髪も毎朝きれいにとかしている。
「そうだね、この通りだ。」
 久子が横合から言う。
「でも、いつも寝てばかりいらしたじゃないの。病気らしいと、御自分でも仰言ったわ。」
「いろんなことを考えるのが、つまり思索が、僕の病気さ。そして考える時は、寝ころがるのが、僕の癖だよ。」
「そんな病気や癖なら、あたしもしてみたい。」
「誰だってしたいよ。」と尾形は笑った。
 婆やが茶をいれてくると、私はすぐにウイスキーの瓶を出さした。何か撮み物の用意も頼んだ。
「なにも肴はないが、久しぶりで飲もう。」
「嘘言え。」
「いや、君と飲むのが久しぶりだ。こいつ、試験ずみで、メチールはないから安心しろよ。」
 こうなってくると、尾形はいつものように快活に磊落になる。久子もグラスをなめる。
 尾形は正体の知れぬ男だ。元気に饒舌りまくって、そのために却
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