に住ませた。彼女に身寄りの者はなく、楊さんだけがなにかの縁故者だという。彼女は金銭には甚だ恬淡で、装身具ははでずきで、また種々の化粧品をやたらに買い揃えて喜ぶ癖があった。
 このように彼女の両面だけを書き並べると、その実体は怪しくなる。だが、或る夜、私は驚かされた。
 その晩私は秦啓源と二人きり、アルカヂアで、踊り子なしのキャバレー・バンドを聞きながら、豊富なザクースカを味い爽醇なウォートカに酔った。そしてどういう話題の廻り合せか、秦は告白的な低声で丹永のことを語っていた。
「……氷炭相容れず、冷熱並び存しない筈だが、あれのうちには、それが二つとも、りっぱに存在し得るのだ。あれの情熱は、或る時は熱烈に燃えたつが、或る時は無関心以上に冷淡になる。何が契機でそうなるのか、僕には見当もつかない。藁火のように燃えたつかと思えば、水をかけた灰のように冷たくなる。何でそうなるのか分らないだけに、こちらではまごつかされる。女の感情……情熱というものは、一体に長続きしないものであることは、僕も知っているが、あれのは極端だ。何かこう全身的に、全身の機能的に、火と氷との間を振子のように移り動いてゆく。それは僕の理解を超えたものだ。」
「それほど大袈裟なものでもなかろう。」と私は言ってみた。
 秦は素直に首を傾げた。
「僕が誇張して感じてるのかも知れない。けれど、じっと見ていると、心配にもなってくる。熱冷の間を往き来しているうちに、あれの感情……情熱は、何かこう生理的に、一挙に滅びてしまう、ぷつりと切れてしまう、そんな懸念が持たれないでもない。」
「病気ではないのかい。」
「さあ、医者にかかることを嫌うから、はっきりしないが、熱が出るらしい。肺を病んでるようでもあるし、心臓が弱ってるようでもあるし、神経が疲れてるようでもあるし……どうもよく分らん。」
 だが、秦の関心がそんなところにあるのでないことは、私にも分った。彼にとって私は、どんなことでも打明け易い相手ではあったとしても、その打明けるべき肝腎なことがまだ不分明だったのだとも言えよう。
 暫く沈黙の後に、私は言った。
「まあ、君の愛情で、彼女をやさしく包みこんでしまうんだね。」
 秦は眼を挙げて、じっと宙を見つめた。
「そいつが問題なんだ。もともと、僕の愛情も……不純だったかも知れない。はじめはあれの一風変ったところに心が惹かれ、そ
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