真先に乾ききって、逆様に縮れ上っている。ぐっしょりと身体にくっついている着物からは、湯気がぽっぽと立っている。そして彼の吐く息も、周囲の地面や草木の吐く息と同じに、蒸れ臭く熱っぽく喘いでいる。底濁りのした眼の光も消え、顔の色も蒼ざめている。一時の湿気と暑気とに気力つきてる様子である。
 それでも彼はなお、焼くがような日光に蒸されながら歩き続ける。何処まで行くつもりなのか? 地平線のほとりは、一時に発散する大地の湯気のために、茫とかすんで見分られない。彼はその方面に何かを見定めんとするかのように、なお眼を真直に見据えて歩いてゆく。と突然、雨に洗い出された道の小石に躓いて、二三歩よろよろとたたらを踏む。その足を踏みしめて、一寸つっ立ってみたが、そのまま力つきたかのように、路傍の叢の中に折れ屈んでしまう。そしていつまでも動かない。それはもはや、叢の中に埋もれてる一塊の石ころに過ぎない。
 そうした彼の頭の上に、ぎらぎらした日光の漲り溢れてる大気の上に、先刻の雷雲よりも遙かに高く、太陽よりも更に高いかと思われるあたりに、真白な悠久な一団の雲が、刷毛ではいたように靉いている。靉きながらも、眼が眩
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