、室の中のこじんまりした調度品、衣桁にかけてある衣類、ぽかぽか火をおこしてある炬燵……。その炬燵に彼女がいつもかじりついているように、山田は彼女の体温に寄り縋ってばかりいたのだ。
 酒はたいてい、彼女の手許に用意がしてあった。仕度が出来るまで山用はトランプを借りて独り占いを始めた。執拗に繰り返した。
 女とは退屈なものだ。愛情とは退屈なものだ。然しいったい、退屈でないものが世の中に何があるか。山田はいつまでも占いをやめなかった。
「もう宜しいじゃありませんか。」
「いや、思う通りのものが出来るまで、夜通しでも続けます。」
「饒舌るのが煩いから……。そんなら、わたし黙ってますよ。」
 黙りこくって酒を飲んだ。
 山田はふいに顔を挙げて言った。
「新緑の旅、きっと行きますよ。」
「あら、そんな占いなんかできめたこと、わたしいやだわ。」
「占いは別のことです。実は、一週間ばかり旅行しなければなりません。新緑の旅は、その後でいいでしょう。」
「どこへいらっしゃるの。」
「水戸方面、それから真直に東へ……。」
「まっすぐ東へ行ったら、太平洋じゃありませんか。」
「そうです、海の中です。」
「でたらめを仰言ると、また……。」
 彼女は抓るまねをしたが、山田は構わず占いを続けた。だが、でたらめを言ったのではなかった。汽車に乗って真直に行く……いや汽車が真直に走ってゆく。水戸から先、真直に東へ走ったら、太平洋にはいり、海底へ没するだろう。没してもなお、真直にどこまでも行くんだ。ちょっと来いも何もかも、もう間に合わないのだ。
 そこに、遠い遠い疎隔があった。ただ、それに耐え得られるか。
 山田はトランプを投げ出して、立ち上った。
「もう帰ります。」
 美津子は酔いの廻った黒光りする眼で、じっと山田を眺めた。
「帰りますよ。」
「ええどうぞ。」
 彼女が怒ってたって構やしない。もう十二時近くだ。山田はふらふらする足で出て行った。粗らな小店の表戸ももう締め切ってあった。かすかに春草の匂いのする荒野で、山田は小便をした。それから少し行くと、後から美津子が駆けてきた。
「あなた、怒ったの。なにか気に障ることがあったら、御免なさい。」
「怒ってやしません。」
「でも、何か考えていらっしゃるんでしょう。真直に海の中へ入るなんて……。考えちゃいや。ね、もう何も考えないことにするの。」
 山田は黙っ
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