然と想像していただけで、大して興味を持っていなかった。笹部は実業方面のことには更に知識がなく、また興味も持っていなかった。二人の間に持出された話題はみな、二三言で鳧がついてしまった。喜代子までが変に取澄して黙っていた。
 すっかり調子が違ったな、と中野さんは思った。そして喜代子から転じて笹部の方へ向ける中野さんの眼は、沈黙がちなうちに次第に鋭くなっていった。
 中野さんは骨董品をでも鑑賞するような風に、いろんなことを見て取った。――喜代子の顔に、ぽつりぽつりとごく僅な雀斑《そばかす》が見えていた。その今まで気付かなかった雀斑が、心の持ちようによって、彼女の表情を一層底深くなしたり浅薄になしたりした。彼女はやはり、その長い揉上の毛とすっと刷いた眉毛とそれにふさわしい眼とで、美しさに変りはなかった。――笹部は、一寸見たところごく整った顔立だった。がその顔立から、眼も鼻も口も平凡に恰好よく並んでいながら、よく見てると一種の醜い感じが浮出してきた。どこが醜いといって捉えどころのない、云わば、特徴のない凡俗さとでもいうような醜さだった。それから、身体の割合に手首から先が妙に大きくて、手指も長すぎるようだった。いや手全体が長すぎるようでもあった。その手を彼は時々頭の方へあげて、薄い感じのする柔かな長い頭髪をかき上げた。
「若いうちは少しは冒険も面白いよ。まあいろいろなことをやっているうちには、落付くところへ落付くだろうから。」と中野さんは云った。
「いいえそんな……。」と云いかけて笹部はひどく真面目な顔付をした。「真剣な途を進んでるつもりでおります。」
「それもいい。」そして中野さんは話を外らした。「喜代子、お前から海の方へ手紙を貰ってね、返事を上げようとすると、処番地が書いてないだろう。なるほどなと思ったね。」
「なるほどって……どうして。」
「どうしてでもないが……やはり、なるほどさ……。」
 そこで中野さんは行詰ってしまった。
 風のない静かな午後が、いやに蒸し暑かった。蝉の声まで聞えていた。
「今日はゆっくりしていっていいだろう。何か御馳走をしよう。」
「いいえ、またゆっくり頂きますわ。」と喜代子は云った。
 それでも、二人はなかなか座を立とうとはしなかった。共通の話題は何にもないし、仕方なしに中野さんは、海のことを話しだした。地引網のこと、魚のこと、漁夫達のこと、子供達のこと……然し、話す方も聞く方も気乗りしない調子だった。
 何だか変だな……と思って中野さんは不意に立上った。そして、女中達に云いつけて早々に食事の仕度をさした。
 二人は別に辞退もしないで餉台に向った。
 笹部は大きな手先で不器用に杯を受けた。親指の先を縁にかけ、四本の指で糸底を支えて、何杯もぐいぐいと飲んだ。いくら飲んでも平気らしかった。が中途でぴったり杯を伏せてしまった。
「もう御飯を頂きます。」
 その御飯を彼は、よく使えないらしい箸先で慌しく口へ押しこんで、一寸形式だけ噛んですぐに呑み下した。
 行儀よく食べてる喜代子と並べてみると、笹部の躾の悪そうな様子がひどく目立った。それと共に、顔の醜い感じと手先の大きさとが更に目立った。そして額のあたりと※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]の先とが、妙に整いすぎた形を具えていた。
 中野さんは一人で杯を重ねながら、また海の話なんかを持ち出した。そして心では、笹部の額と※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]の先とだけは喜代子にふさわしいと考えてるうちに、ふと、笹部と喜代子との間に同じ匂いを感づいた。男女関係に通じてる者のみが知る、漠然とした一種の匂い――雰囲気だった。中野さんは眼瞼のたるんだ大きな眼を瞬いた。
「お前達は仲がいいだろうね。」
 喜代子がふいに顔を赤くした。
「いつまでも仲よくしなくちゃいかんよ。」
 馬鹿馬鹿しかったが、変に腹が立っていた。
 二人は食事が済むと間もなく帰っていった。笹部はぎごちないお辞儀をし、喜代子はひどく丁寧なお辞儀をした。
 その時中野さんは、喜代子が子供達とは余り口も利かずに澄していたことを思い出した。初めての笹部が一緒だったので、子供達と食事を共にしはしなかったのだけれど、二三度顔を出した静子に対してさえ、喜代子は変に取澄した態度と言葉とを示した。
 ああなるものかな、と考えながら中野さんは二人の後を見送った。
 それから、中野さんは茶の間に引返してきて、家事万端をみてくれてる年取った女中に尋ねた。
「どう思う。」
「え?」と女中は怪訝《けげん》な眼付をした。
「あの男をさ。」
「立派な方じゃございませんか。」
「ふむ、そうかな。すると……手の大きいのは玉に瑕《きず》というわけか。」
「え? 手の……。」女中はまた怪訝な眼付をした。
「ははは、まあいいさ。」
 だ
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