と親指とで、軽く杯を挙げてみせた。
「あ、そうですか。」
 笹部は平気で、示された通りの持ちようを真似た。その手先がやはり不均合に大きかった。
「わたしは少し観相の方を研究してみたことがあるが、君の相は……中以上のように思える。まあしっかり勉強するんだね。」
 最後の一句をとってつけたように早口で云って、中野さんははははと笑った。
 それが不意に、一座の空気を一変さしてしまった。笹部はじろりと中野さんの方を見て、それから執拗な眼付を膝頭に落した。喜代子はぽーっとした赤味を頬に上せた。もう出来上った一人前の女の顔付だった。
「叔父さま、昨日お願いしましたことは……。」
「うむ、聞いてあげるよ。」
 中野さんは云い捨てて立上った。足元が少しふらついていた。それをどしんどしんと踏みしめて、奥の室から紙幣の束を持ってきた。
「これを持ってゆくがいい。入用なだけある筈だから。」
 それを手に取った喜代子の眼が、また黒水晶のように光ったようだった。
「有難う存じます。」と笹部は低く頭を下げた。
「なあに、礼には及ばないが……度々こんなことのないようにして貰いたいね。」
 中野さんはひどく不機嫌になっていた。笹部と喜代子とが帰ってゆく時、座も立たなかった。
 何という奴だ。……またあの喜代子までが一緒になって……。
 それでも、ふっと……日の蔭るような風に、眼頭が熱くなってきた。それから便所に立った。ぞっとするような寒い晩だった。
 中野さんはまた改めて熱い銚子の前に坐った。そうしてうとうとと酔いかけているうちに、いつのまにか知らず識らずに、醜く醜く……といったような気持で、大きな口をあちらこちらに歪めたり、眼瞼のたるんだ眼をぼんやり見据えて、太い眉をぴくりぴくり顰めたりしていた。
 誰を何を、愛していいか憎んでいいか、それがごっちゃになっていた。
 さらさらと雪が落ちるような気配に、中野さんは我に返った。そして茶の間の方へ立っていって、年上の女中に尋ねた。
「あの男をどう思う。」
「そうでございますね……。」
 女中は口先だけで答えながら、また怪訝そうに中野さんの顔を見た。
「やはり大きな手先だね。」
「でも……手先の大きいのはよいと申すではございませんか。」
「ふーむ……。」
 うわべだけは尤もらしく首を傾げながら、中野さんは頭の底に、喜代子の黒水晶の眼の光を思い浮べて、なぜ
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