がじっと見つめていた。
「初めの一鑿から像が生きてるなんて、それは商売人の云うことだ、芸術はそんなものじゃない。これでもかこれでもか……という苦心のうちに、或る瞬間、ほんのりと肉体が眼醒めてくるんだ。そこにぶっつかればもうしめたものだが、どうかすると、しまいまで、そうした瞬間を探りあてられないことがある。」
坪井がやはり黙っているので、島村は興ざめた顔で、杯をとりあげた。酒はつめたくなっていた。島村は手をたたいた。やがて、みよ子が上ってきて、用もきかないうちに云った。
「ちょっと、来て下さいって……。」
視線は坪井に向いていた。坪井が立っていくと、島村は銚子をたのんだが、何かしら腑におちない眼付を、村尾と二人で見合したのだった。
階下には他に客はなく、土間に並んでる卓子の一つに、岡部がよりかかっていた。坪井はつかつかと歩みよった。それを見上げた岡部の眼は、静かな落付を保っていた。
「弱ったことが出来ちゃった……。」
低い落付いた声だった。――富永郁子からの電話で、ここへ来ると、ただそれだけのことである。
「来るなら来てもいいじゃないか。」と坪井は云った。
「それが……どうも、僕はいやなんだ。ただ気まぐれで……。実は今日、富永さんのところへ行ったんだが、何のことからだったか、ふいに、みますへ行ってみたいと、云い出されて、弱っちゃった……。あれっきり、君は逢ったことはないんだろう。それが、あの人にとっては、淋しい……というわけもあるかも知れないが、何もここまで来なくったって……。そう思ったものだから、坪井なら、連れてきてあげましょう、と云ったところ、ばかに気を悪くされちゃって……それから、ぜひみますへ行くと、そうこじれてしまった。それを、何とかごまかして、晩になったら、僕が様子をみてきてあげると、約束してしまったが、気になるので、とにかく来てみると、君たちにつかまって困った。そこへ、今の電話だ。坪井君や、大勢いるから……といったところ、そんならなおいい、これから行くと、そのまま電話は切れちゃった。君、出てしまおう。こんなところへ来られちゃあ……面白くないし……。」
何か物を考え考え云ってるそのゆっくりした調子に対して、坪井は怒ったような言葉を投げつけた。
「何が面白くないんだ。来るなら来るで、ほっとけばいいじゃないか。」
「だって、前々からのいろんなこともある
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