をだして買えるような男なら、最もいい。またかりに、あなたが金に困ってるとして、会社の重役などに身を売ったとしても、まだよろしい。そうした一時の享楽の取引は、さっぱりとして、後に滓を残すことは少い。だがああいう男を相手にしては、ねちねちした臭気が身体にこびりつく。あなたのつもりでは、小料理屋の小娘に対する代償として、勝ちほこった見せしめだったかも知れない。然し、かりに私とみよ子との間が、お酌と接客との間のようなものだったと仮定しても、あなたのその評価は全然あべこべだったろう。人間同士の関係として、あなたとあの男とのことよりも、私と小料理屋の娘とのことの方を、私は比較にならぬほど高く評価する。
あの男とあなたのことは、前からいくらか私の気にならないでもなかった。だが私は無理にも信じてきた。けれども事実の方が力強い。あなたたちが綱島に行き、磯子に行き、伊豆へまで行ったことは、私の耳にも伝わってきた。あの男の内気そうな伏目がちな眼の中の、厚顔な誇りの色は、その曖昧な言葉以上に、いろいろなことを匂わせるのだった。それを、親切な岡部がまた裏付けてくれた。
「あの男はいろんな謎をふりまいてるようで、困ったものだ。今のうちに、なんとか、君の力で富永さんを引止めてくれるといいんだが……。」
それは、まじめな常識的な言葉だった。その時私はまだ、「みます」のことを彼があなたに話していようとは知らなかった。私はうちのめされた気持で、あなたにぶつかっていった。がその時あなたはもう、煙草をもてあそびながら笑っていた。
あなたの涙はどこへいってしまったのか。私の信念はどこへいってしまったのか。私たちは互に愛しあってると信じたいと、私はつとめてきた。農園のことまでも考えてきた。それが一度に崩壊してゆくのを、私はどうすることも出来なかった。真心というものは、或る大きさのものが初めから存在するのではない。小さなものから次第に大きく生長してゆくのだ。その生長の途中で、ふいに踏みつぶされてしまった。私は「みます」のことを弁解し、互の愛を説きたてたが、もう万事過去のことになっているのがはっきり感ぜられた。それくらいのこと、お互にどうだっていいじゃないの、というのがあなたの最後の結論だった。恐らくそれがあなたの本心だったろう。
私の心の中には廃墟が出来た。そのなかにあなたの残骸がはっきり見えた。凹んだ
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