高笑の声が絶えず、マージャンの音が絶えず、夜中の三四時頃まで続く。この騒々しさの中にあっても、眠りたい旅客は平然と早くから眠りにはいるそうである。上海の租界では、メトロポールの如き入念な建築のホテルでも、四方から騒音が窓辺に襲来してくる。支那旅館は殆んど終夜狂宴の場所だという。
賭博場内の有様は妙である。その内部は予想に反してひっそりとしている。人々はただ黙々として金を受け渡してるだけで、その顔を見ただけでは勝ったのか負けたのか見当もつかず、喜びや悲しみを浮べてる眼付は見えず、勝負を度外視してただ賭博そのものだけを享楽してるようである。その顔付は、傍の小房内で阿片吸飲に陶然としてる人々のそれと、ちょっと見たところでは区別がつかない。斯かる賭博場は日本人には禁止の場所であるが、日本人が多少出入しているハイアライなどで、馬券よりも遙かに小額のその券を買って、あらわに喜んだり悄気たりしてるのは大抵日本人で、支那人は最も平然としている。
斯かる表情の、そして更に斯かる神経の、重積してる群集の中にはいると、往々、自分がその中で溺れ、窒息しそうな幻影に囚われることがある。大陸的神経ということが云われる。然しそれだけでは言葉が足りないのを私は感ずる。これは大陸的神経などという吾々の概念からはみ出すところのものだ。
こうした大衆が上海には充満している。その最も貧窮なものには、黄包車挽きなどを生業としてる苦力がある。蘇州河の数ある橋のうちでも、ガーデン・ブリッジは自動車の往来が最も頻繁であり、南北四川路をつなぐ橋は人間の往来が最も頻繁であり、この後者の橋の袂には、早朝から深夜に至るまで黄包車が群がっている。荷物をさげた人でもあろうものなら、一時に多数押寄せて来て四方から荷物に手を出し袖を引張る。客がそれらを払いのけて一人を選べば他の者等は直ちにけろりとして一抹の未練気も示さない。選ばれた一人は、客を車に乗せ梶棒を上ぐるや、梶棒の向いた方向へ真直に走り出す。車上から右とか左とか、足を踏みならしながら指図する客も屡々見受けられる。それらの苦力の感情の動きについては、外部からの窺※[#「穴かんむり/兪」、第4水準2−83−17]は不可能である。
この苦力等のうちの、更に最も貧窮なのは、上海に流れこんでる窮民たちである。彼等は一日一弗(上海通貨の)で黄包車一台を親方から借りる。三四人
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