たところに、彼等は救われたことを感ずるだろう。
 現在日本に於て行われてる少年小説もしくは少年物語は、右の線に沿って発展させられてるかどうか。これは甚だ疑問である。いな反対でさえあるものが多い。大抵面白い作品であることは事実であるが、その面白さ、その興味は、冒険的なもの、怪奇的なもの、感傷的なもの、頓知的なもの、其他勇壮も悲愴も悉く、偶然の機会にかかってるといってもよい。そしてこの偶然の機会そのものが、それらのものを、たとい現実的な道具立の中に置かれていようとも、軽薄なもの人為的なものとして浮上らせる。それは作品を人形芝居となすだけである。
 なおその上、この人形芝居に、教訓的な道徳的な意図が加えられる。そしてこの意図は、人はかく生きなければならないということから発したものでなく、人はかく行わなければならないということから発したものである。即ち、真実に生きることを示したものではなくて、或る観念を以て、或る規範を以て、行為を規定したものである。だからその教訓や道徳は、外から少年の心情を束縛することにだけ役立って、決してそれを明朗に活溌に躍り立たせはしない。
 それらのことは、云わずとも分ってることであって、私は一言概括したにすぎないが、然しここに重要なのは、その由って来る原因である。なぜそうなったか、その原因を考察する時に、少年文学の大事な問題につき当る。
      *
 少年文学は、一体、大人が見てそして感じたものを少年に示すという立場で書かれるべきものであろうか、それとも、少年として――というのが無理ならば、少年のそばに身を置いて――書かれるべきものであろうか。云いかえれば、大人の頭脳に映ったものを少年にも分るように再現されるべきものか、それとも、少年の頭脳に映ったものの再現であるべきか。――私は躊躇なく後者だと答える。
 少年の頭脳に映ったものの再現ならば少年自身の手でしか書けるものではない、などという理窟はやめよう。私はただ魂の据え方精神の持ち方をいうのである。例えば寓話に於ては、その理知は大人のものであってもその情意は子供のものである。童話に於ては凡て子供のものである。少年文学に於ては、凡て少年のものもしくは少年に転位されたものであろう。
 然るに、現在行われてる多くの少年小説とか少年読物とかは、大人の立場から書かれたもののようである。大人の頭脳に映ったものをただ少年にも分るようにという工夫だけのもとに書かれたもののようである。だからそれは、大人の文学――而も興味中心の低俗な大人の文学――の延長もしくは歪曲にすぎなくなる。随って少年にとっては、如何に道具立に苦心が払われていようと、つまりは人形芝居であり、如何に道徳や教訓がもりこまれていようと、つまりは模型であって、生きた血の通ってるものとはならない。
 固より、大人の立場から書かれた少年文学でしかも立派なものが、ないとは云えない。然しそれは大人にとって立派なのであって、少年にとってもそうであるかどうか疑わしい。大人にとっても少年にとっても真に立派なものがあるとすれば、それは中性的なもの、なお云い得るならば神性的なものであって、それこそ凡そ芸術の極致であろうが、茲ではそういう最高のもののことを云ってるのではない。
 一体世間では、嬰児は嬰児として大切にされるけれど、次に早くも子供の時から、そしてなお少年になるに及んで、あらゆる点で、大人的なものを如何に多く押しつけられてることか。彼等の眼が早期に大人的となり、彼等の情意が早期に大人的となり、即ち彼等が早熟することが、如何に多いか。之を称して躾がよいとか賢明だと云うのもよかろう。然しその反面には、心の底に或る窒息されたものがあろう。少くとも少年文学は彼等のうちの何物をも窒息さしてはならない。小児の魂を失わない者、大人的な種々のものを獲得しながらも子供的なあらゆるものを大きく生長さしていく者、そういう者のことを考える時、或はそういうことの出来る社会のことを考える時、云い知れぬ愉悦を覚ゆるのは私ばかりであろうか。
 なお少年文学については、一種の理想、即ち少年の精神の嚮導となりそれに方向を指示してやるようなもの、それから一種のヒロイズム、即ち少年の精神を刺戟してそれに力を与えてやるようなもの、其他いろいろのものが要求されるだろうけれど、要するに、最高の極致にあるものは別として普通には、少年のそばに身を置いて書かれるということが最も大切であって、大人の立場からいろいろのものを押しつけるのは、彼等の何物かを窒息させることであり、彼等に生きてる喜びを与えるものでは決してない。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志

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