お気の毒で、お可哀そうで、と言っては生意気のようだけれど、どうしていらっしゃるかしらと思ったのだ。どの程度か分らないが、胸の御病気で、それに胆嚢もお悪いとかで、半年ばかり、瀬戸内海に面した郷里へ帰って、療養してくるとのこと。前夜は私、へんなことで帰りが遅くなったが、手塚さんは少しお酒を飲んだとか、ぽーっと頬を赤くしていた。それだけだった。それでいいのかしら。手塚さんとお姉さんは、愛し合っているのだ。そしてこれから半年ばかり別れねばならないのだ。それなのに、何事もなかった。いつもの通りだった。手塚さんが茶の間で話しこんでるだけだった。それきりで、明朝は早く起きなければならないからと、みんな早めに寝た。その、何事もなかったということが、朝になってから、却って私の気にかかった。
二階は、もう蚊帳も布団も片付けられているのに、電燈がついていなかった。おや、誰もいないところに踏み込んだ気持ち……私は立ちすくんだ。けれどすぐに眼は馴れてきた。東の空の曙光を受けてぼーっと明るかったのだ。植木鉢が三つ四つ並んでる出張り框に腰掛けて、手塚さんは私の方をじっと見ていた。へんに工合がわるくて、私は言葉もな
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