誰も私を引き留めようとする者がなかった。酔って表の空気を吸いに出る、そんな風に思われたのかも知れない。それとも、もう私のことなど、面白くないので誰も眼にとめないのかも知れない。私はすっと外へ出た。
もう暮れていた。都心から遠い雑草のある道を、とぼとぼ歩いていると、眼に涙が出てきた。なんというでたらめな、そして悲しい人たちだろう。先生はじめみんなそうだ。スカートの裾にまつわる宵の風には、もう秋の気があった。私は思いに沈んで、涙が眼にいっぱいたまり、ハンケチで拭いた。
ところが、省線電車の駅近く、賑やかな街路の明るい灯を見ると、私はふと、騙されたような気持ちに変った。誰が騙したんでもない。先生やあの人たちが騙したんでもない。ただ私の方から騙されたんだ。つまり、すべてが嘘だったんだ。先生はじめ皆が言ったこと、したこと、すべて嘘だったんだ。それでは真実はどこにあるのだろうか。私の方だけにある。どこにもなく、ただ私の方だけにある。
その思いは、奇異なものだった。私はまだ嘗てそんな思いをしたことがなかった。謂わば、外部の世界がすべて拵え物になって、自分一人が曠野の中に残された感じだ。
それ
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