分らない。今になってみると、間違ってたようだ。」
「あなたは、後悔してるの?」
「いや、そんなことじゃない。君は、あの男に対する嫉妬心だけで、あんな狂気じみたことをしてしまった。嫉妬心の腹癒せ……そんな、ちっぽけな、個人的な心がいけなかったんだ。もっと怒るんだ、もっと、本当に、腹の底から、怒るとよかったんだ。」
「怒ったからこそ、……分らないのよ、あなたには。」
「それが、実は本当に怒っていなかったのだ。僕にはそれが分る。今も云ったように、僕は今夜、有吉に対して、初めは冗談のつもりだった。ところが、その後では、本当に憎んだ。もし腕を押えられなかったら、即座に刺し[#「刺し」は底本では「剌し」]殺していたろう。……向うはそうじゃなかった。初めはわりに真剣で、後ではもう僕を憎んではいないようだった。それが、有吉との本質的な違いだ。今になって分ったのだ。そして僕は、ああいう人物に対して、ああいう存在に対して、腹が立った。本当に怒った……。」
「だから、あたしとも別れようというの。」
「本当に怒って、それから、分ってきたのだ。僕は一人だった、一人ぽっちだった。向うは、大勢……ああいう階級全部を
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