て、和服の襟をはだけ加減に、そして時々朝日の煙を吐いて……。何かしら、茫漠としている。
 高層建築、自動車の疾駆、燈火、器械音楽、騒音、色彩、蟻の巣をかき廻したような、人、人、人……。
「おい、杉本!」
 通りすがりに、声のした方へ振向いて、足を止めて、相手の顔を見て取る――その眼には、人なつこそうな笑いが浮びその顔には、よくいろんな男に逢うものだなという表情が浮ぶのだった。
「どうだい。」
「うむ……。」
 漠然と答える時には、もう眼の笑いも顔の表情も消えて、掴みどころのない顔付になっていた。
「どっかで、いいだろう、一寸……。」
 その先の、酒かお茶かを察しながら、にやりと彼は笑った。
「駄目だ、今日は……。」
「急ぐのか。」
「いや。……ないんだ。」
「少しなら、持ってるよ。」
「少し……。」そして眼が揶揄的に光った。「だが、腹が空《す》いてるわけでもなし、喉が渇《かわ》いてるわけでもなし……。」
 酒を飲んでは止度のない彼だった。また、飲むことにさほど興味を持たない彼、相手の議論を聞くことにも興味を持たない彼だった。
「いやに、はっきりしてるね。……この頃、何かしてるのか。」

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