でも痛いのかといえば、そうでもない。茶もサイダーも口にせず、いやにつんと澄しかえっている。何か彼女の機嫌でも害したことがあるのだろうか。だが、そんなことにかまってはいられない。広々とした空と海とのなかだ。些細な事柄は微風が吹き払ってくれる。
 彼女の機嫌はいつまでもなおらない。そして、つんと上品に澄していたのが、急に、もじもじ身をくねらして、顔をほんのり赤らめて、「あのう……先生、」或は、「ねえ……××さん。」
 そうこられると、こちらはちょっと面喰うのであるが、それがなんのこと、おしっこなのだ。子供や男のおしっこならよいけれど、女人方のは大変だ。舟を海岸に走らせ、而もそこいらに用を足せる場所があるかないか。そうなってくると、晴れやかな朗かな海上の興趣もふっとんでしまって……ああ、何の因果ぞや。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.g
前へ 次へ
全7ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング