洋服が凉しくていいけれど、寒くなると、日本服の方が温くていいと、みんな言いますよ。」
「だって、日本服は、働くのに不便ですもの。」
「仕事によりけりでしょう。」
「そう、仕事によってはね。わたし、立って働く仕事がいいか、坐って働く仕事がいいか、ずいぶん考えたけど……。」
「結局、どうなんです。」
「結局、わからなくなったわ。」
 ふふふと彼女は笑ったが、急に真面目な調子になった。
「けれど、働く覚悟だけはきめています。何をしても、構いませんわね。」
「そりゃあ、構いませんとも。構わないけれど……。」
 実行がなかなか困難なことは、彼にもだいたい推察された。そしてぼんやり、敏子のことを思い起した。
「人形の店はどうですか。」
 微笑しながら、彼は、久恵と敏子の人形の話をした。
「敏子さんから、まだ何の相談もありませんか。」
「そんなこと、敏子さんばかりでなく、誰も本気にしやしないでしょう。だけど、人形の店というのは、ちょっといいわね。廊下みたいな狭いちっちゃな店で、人形をいっぱい飾り立てて……。」
「つまり、高級な履物店ですね。下駄や草履がずらりと並んでいる、あれをみな人形だとすれば……
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