わたしとのこと、後悔なすってるんじゃないの。」
「どうしまして。光栄としてるんです。」
「冗談ぬきにしてよ。なんだか不機嫌そうね。」
「不機嫌どころか、これで、たいへん嬉しいんです。」
そんな言葉がすらすら出るのが、長谷川自身でも意外だった。たしかに、松月館とは気分が違っていた。
「今日は、真面目にお話したいことがあるのよ。だから……。水の音がちょっとうるさいわね。」
「なあに、聞きようですよ。僕はさっき、あれを聞きながら、うとうとしちゃった。あ、ここのお嫁さん、あなたの琴のお友だちですって。水音も、お琴の音みたいなもので……。」
「あら、こないだのことを言っていらっしゃるの。」
彼女は声を立てて笑った。
「あれ、わたしの策略よ。大成功だったわ。」
彼女はそれを独りで楽しむかのように、なかなか話さなかったが、いちど口を切ると、例の通り、明けすけにぶちまけてしまった。
つまり、辰さんの話の若月旅館の一件なのである。松木はそれを買い取ろうと、盛んに柿沼を口説いた。柿沼の方でも、大規模の製菓会社がいろいろ出来てきた現在では、彼の小さな会社は、戦後の一頃のような利益がないばかりか、次第
前へ
次へ
全97ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング