たが、朋子が主として矢面に立った。
 二人は焼跡の草原などで媾曳をしている、という説があった。――これは最も事情を知らない者の放言だった。
 内山は元来、金を使わずに女をまるめこむことが巧みで、朋子を手玉に取っているのだ、という説があった。――私もそういう意見を聞かされたことがあるが、これは明かに悪意ある中傷だった。嘗て内山が、無理算段をしながらさんざん芸者遊びをしたことがあるのを、私は知っていた。
 朋子はただ単に利用されてるだけで、用心しないと遂にはひどい目に逢うし、内山に真の愛情などあるものか、という説があった。――これは前説の延長であって、悪意ばかりでなく一種の嫉妬の念も交ってるものだった。
 朋子は生一本な性情なだけに、なんだか夢中になってるようだが、よくよく注意して進まないと、あとで取り返しのつかないことになって、とんだ汚名を着ないとも限らない、という説があった。――これは彼女の身を案ずる親切な意見で、必ずしも内山を対象としたものではなく、正常な再婚を希望する意も含まれていた。
 朋子は金に吊られていて、月々いくらかの仕送りを受け、まあ生活はこれまでよりいくらか楽だろう、という説があった。――これは無関心な常識であって、峠の茶屋のおばさんが最も強硬に反対し、また、内山が時には飲み代にも窮してることがあるのを見ても、真相に遠いものだった。酒代は貸しにしてもよいとおばさんが言うのに、殆んど借りたことがないのも、朋子の援助によるものだったらしい。
 火遊びなのかまたは真剣なのか、あの二人の真意はわれわれにはよく分らない、という説があった。――これは、一般世間の通念として妥当な意見だった。
 其他まだいろいろあったが、それらが単独にはっきりしたものではなく、あれこれ入り交っていたのである。
 だから、おばさんと或る奥さんとの話も、あちこち飛び飛びで、まとまったものではなかった。しまいに奥さんは、腑に落ちないような顔をして言った。
「お酒って、あんなに飲みたいものでしょうかねえ。」
 おばさんはふふふと笑った。
「御自分では、いつも、もうやめようと思ってるらしいんですよ。当分来ないよと、なんど言ったか知れません。それが次の日になると、けろりとして来るんですからね。明日という日が無くならない限りはだめだと、御自分で笑ってるんですよ。だから、山田さんの方も、たいていの
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