駄々っ児のような恰好をして、片手で砂利を掴んでは投げ散らしていた。驚いたことには、その男はもう髪が半白の老人であり、ひどく酔っ払っていて、それが午後四時頃の明るい昼間だった。
 酔っ払っても、ものの見境が無くなってるのではないらしく、四方八方に砂利を投げるのではなかった。冬のことで、峠の茶屋の硝子戸は閉めてあったが、その硝子を避けて、下框のあたりに、彼は砂利を投げつけていた。その時、近所の奥さんらしいひとが店にはいりかけると、その足元へ砂利を投げつけた。彼女はちらと見返ったが、素知らぬ顔をして店にはいった。店の中のおばさんも、素知らぬ顔をしていた。その様子から見ると、彼女たちは彼のことをよく知っていながら、酔っ払ってるから相手にしないという風だった。
 彼女たちばかりでなく、実は私も、彼のことを知っていた。度々その店で出逢ったことがあるからだ。近くに住んでる内山昌二という画家だった。画家といっても謂わばよろず屋で、洋画を少し書き、雑誌の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵などを少し書き、漫画めいたものを少し書いていた。
 内山が酒喰いなことは、たいていの人はみな知っていた。朝から酔っ払ってることさえあった。だが、往来ばたに坐りこんで砂利を投げ散らしてるのは、ちとひどすぎた。平素着の着流しに安物の下駄をはき、半白の頭髪をもじゃもじゃさしていた。怒っているのか面白がっているのか、顔の表情では見分けがつかなかった。
 すると、店の硝子戸を勢よく開けて、可なり年配のひどく痩せた女が出て来た。酒を飲む時はたいてい内山に附き添ってる山田朋子だった。その日も一緒に飲んでいて、勘定するためにちょっと後れたのだったろう。内山の様子を見て、彼女は手を執らんばかりにして言った。
「まあ、呆れた先生ね。先生、もう帰りましょうよ。」
 三文画家を先生と呼ぶのも、呆れたことだった。だが、内山先生、彼女に何か言われるとわりに従順で、すぐに立ち上り、二人肩を並べて立ち去っていった。
 その後ろ姿を見送って、私は微笑した。日本にも変り者が出て来たなと思った。そして自分もつい一杯飲みたくなって、峠の茶屋にはいっていった。
 店内には、眼のくるりとした粗末な洋装の若い女客が、片隅でひっそりとソバをすすっていたが、その方には全く気兼ねなしに、先程の奥さんとおばさんとが
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