ることがあった。凡ては未解決のまま単に通り越されたのみだった。兼子の病気と手術と不妊との問題、依子の運命の問題、彼と兼子と依子と敏子との今後の心的交渉の問題、それらが表面上は解決された形になりながらも、彼の心のうちでは少しも解決されたのではなかった。ただ次から次へと移り変っていったのみだった。と云って、それは解決される問題でもなかった。凡ては未来に懸っていた。それを考えると彼は、現在の立場が悉く幻ではないかというような、はかない不安な気持ちになった。それならばどうしたらいいのか? どうといって仕様はなかった。ただ未来を信じて進むのだ。思い切って凡てにぶつかってゆくのだ。
 そしてぶつかる日は早く来た。
 未明に少し雨が降った薄曇りの日だった。彼は二階の縁側に立って、庭の隅の薄赤いものをぼんやり見ていた。乙女椿の花だということに自ら気付いたのは、暫くたってからであった。彼は眼鏡をかけるのを忘れていた。慌てて眼鏡を取って来て、また椿の花を見直した。――其の日の午後、依子は家へ連れられてきた。
 兼子は、敏子自身で依子を連れてきてほしいと希望した。敏子は、そんな厚かましいことは出来ないと云っ
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