のである。猫がいやだというのだった。
「わたし、猫を見ると、ぞーっとするんですよ。それに、あすこの猫、白無地ときてるんでしょう、気味がわるくて……。」
Nさんとはそれきりになったが、どうも、初めから終りまで腑に落ちないことだった。
それから、Fさんというのはいいひとだった。七十歳ばかりの小柄なひとで、忠実によく働いた。顔立もととのい、身ぎれいで、モンペをきりっとつけていた。通いの勤めだったが、用の多い日は泊ってくれた。始終こまめに動き廻って、ちょっとでも手をあけてることがきらいだった。用事がなくなると、自分から進んで戸棚の中を掃除したり、食器を整理したり、庭の草をむしったり、若い女中にせっついて衣類の繕い物を出させたりした。そしてよく病人の世話をした。綾子もFさんに好感を持っていて、その打明け話に笑い声を立てた。
Fさんの家には、畳職人である息子の夫婦と、小さな子供が四人いた。Fさんは金がたまると、その孫たちに物を買ってやるのが楽しみだった。息子の働きで一家の生計は立っていたので、Fさんが外に出て働くのも、自分の老後の小遣と孫たちへの贈物とのためだった。
「家の嫁ときたら、わたし
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