山吹の花
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)檀《まゆみ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]
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湖心に眼があった。青空を映し、空に流るる白雲を映して、悠久に澄みきり、他意なかったが、それがともすると、田宮の眼と一つになった。田宮の眼が湖心の眼の方へ合体してゆくのか、湖心の眼が田宮の眼の方へ合体してくるのか、いずれとも分らなかったが、そうなると、眼の中がさらさらと揺いで、いろいろな人事物象が蘇って見えた。
それらの人事物象から、田宮は遁れるつもりだった。意識的に遁れるつもりだった。そしてこの山奥の湖畔に来た。だが、どうして、すっかり遁れきることが出来なかったのか。どうして、先方から追っかけて来たのか、こんな処まで。
此処、奥日光の丸沼温泉。上越線の沼田駅から十二里。バスで、畑中の道を走り、峠を越して、片品川の岸に出で、川を遡り、鎌田町から右へ切れて、渓流ぞいに進み、白根温泉を過ぎてから
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