いるから。」
 そして彼は自室に、酒の仕度をさせました。紫檀の大きな事務机が据えられ、金銀の飾り物が並べられ、絨毯が敷きつめられてる室で、元は召使を遠ざけてただ一人、煖炉のそばの長椅子にねそべって黙り込んでいました。卓子の、水瓜の種や、ハムや、肉饅頭などの皿にも、手をつけず、火桶の銅壺でぬるく温めた銀瓶の酒を、小さな盃で時々ぐっとあおりました。
 時がたって、やがて、扉を軽く叩く音がして、二男の二英がはいって来ました。
 元は彼を卓子の向うの椅子に坐らせました。そして暫く、スポーツで鍛えられた強健な彼の様子を眺めながら、徐ろにいいだしました。
「お前に、特別にいっておきたい秘密があるが、決して誰にも洩らさないと約束出来るかね。」
「誓います。」と二英は答えました。
「それならば、いってきかせるが、私には致命的な病気があるのだ。もういくらも生きられまい。ただ、病名は今はいえない。いよいよの時にはきかしてあげる。とにかく、覚悟しておくがよかろう。」
「お父さん……。」
 元はそれを手で制して、室から退けました。
 やがて、長男の一英がはいって来ました。
 元は彼を真向いの椅子に坐らせて、取引所や宴席で世間馴れのした怜悧そうなその様子を暫く眺めてから、徐ろにいいだしました。
「お前に、特別にいっておきたい秘密があるが、決して誰にも洩らさないと約束出来るかね。」
「誓います。」と一英は答えました。
「それならば、いってきかせるが、私の財産は致命的な打撃を受けてるのだ。破産するのも間もあるまい。どうしてそうなったかは、今はいえない。いよいよの時にはきかしてあげる。とにかく、覚悟しておくがよかろう。」
「お父さん……。」
 元はそれを手で刺して、室から退けました。
 やがて、三男の三英がはいってきました。
 元は彼を自分の横に坐らせました。そしてじっと、彼の弱々しい感傷的な様子を眺めて、暫く黙っていました。それから溜息をついて、徐ろにいいだしました。
「お前に、特別に打明けておきたい秘密があるが、決して誰にも洩らさないと約束出来るかね。」
「誓います。」と三英は答えました。
「それならば、打明けるが、お前には一人の妹があるのだ。私はそれを公にすることが出来なかった。男女の間というものは、いろいろ複雑で、さほど清らかなものではない。私にも後悔は多い。漸く決心してお前に打明けるのだ
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