の煙だから、役に立たない不用な物しか煙にはなせないのだ」
すると、他の一人が言いました。
「ここに敷きつめてる毛布をみなあなたに上げよう。そうすれば、あなたのその小さな毛布は不用になるでしょうから、それを煙にして下さい」
「なるほど」とハムーチャはちょっと考えてから答えました、「この立派な毛布をもらえば、私の小さな毛布はもういらなくなるわけだ」
そこで彼は、自分の毛布を煙にしてみせました。煙は青々とした野原の形となって、空高く消えてゆきました。
すると今度は、ある人が立派な靴を持ち出しました。
「この立派な靴をあなたに上げよう。そうすれば、あなたのその破れた靴は不用になるでしょうから、それを煙にして下さい」
「なるほど」とハムーチャはちょっと考えてから答えました。「この立派な靴をもらえば、私の破れ靴はもういらなくなるわけだ」
そこで彼は、自分の靴を煙にしてみせました。煙は大きな馬の蹄《ひずめ》の形となって、空高く消えてゆきました。
都の人々は、それでもまだ承知しませんでした。あまりの不思議さに、もうみんな夢中になっていました。
鳥の羽のついた立派な帽子を持ち出す者がありました。宝石のついた見事な服を持ち出す者がありました。らくだの子の胸毛で織ったシャツを持ち出す者がありました。
そしてハムーチャは、前と同じように身につけてるものをみな煙にしてしまいました。三角の帽子は禿鷹《はげたか》の形の煙となって消えました。赤と白とのだんだらの服は大蛇《だいじゃ》の形の煙となって消えました。汚れた麻《あさ》のシャツはなめくじの形の煙となって消えました。ハムーチャはまっ裸となって、立派な衣装の重《かさ》ねてある側に立っていました。
そこへ十五六歳の娘が一人、肩から胸まで現わにして飛び出しました。金色の髪がふさふさと肩に垂れ、海のように青い眼をし、薔薇《ばら》色の頬《ほほ》をして、肌は大理石のように滑《なめ》らかでまっ白でした。
娘は言いました。
「私はこの身体《からだ》をあなたに上げましょう。そうすれば、あなたの年とったしわだらけの身体は不用になるでしょうから、それを煙にしてみせてください」
「なるほど」とハムーチャはしばらく考えてから答えました、「あなたの美しい身体をもらえば、私の汚ない身体はもういらなくなるわけだ」
そこで彼は、胸に両手を組み合わせ、口に何やら唱えました。すると彼のからだは、ふーっと煙になってしまい、その煙がまっ黒な雲となって、空高く消え失せました。
人々は我を忘れて喝采《かっさい》しました。ところが、ハムーチャはいつまでたっても戻って来ませんでした。戻って来るはずはありません。自分が煙となって消え失せてしまったのですもの。何もかもそれでおしまいになりました。
底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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