ば、肺浸潤かなんかで、可なり重態らしいとのこと。そこで、同学の女の学生に敬意を表して、お見舞に花でも贈りたいと思うが、どうだろうと戸川は顔を少し赤らめて言うのだった。
 おれはあぶなく笑い出しそうになった。戸川に敬意を表してウイスキーを、そしてこんどは、女学生に敬意を表して花束か。然し、次の瞬間、おれはむかむかっと不愉快になった。
「たかが一人の女学生が、病気になろうと、どうしようと、構わんじゃないか。感傷は捨てるんだ。ほっとくんだね。」
 そしておれは、ウイスキーを、グラスにではなくコップに二つ求めた。
 戸川はおれの様子を怪訝そうに眺めていた。
「然し、永田といちばん親しかったのは、君じゃないか。なんにも消息はないのかい。」
「僕はなにも知らん。」
 おれ自身にも意外なことには、その時、木村栄子の顔が胸に浮んだ。それが、胸の中からおれをじっと見てる。忌々しいが、どうにも仕方がない。打ち明けて言えば、情慾がある時はおれは彼女を好きだし、情慾がない時はおれは彼女を厭う。それが当然だと、おれは考えるのだが、そういうおれの胸の中から、彼女はじっとおれを眺めて、別なものを穿鑿しようとしている。今晩、おれのところへ訪れて来ると言っていたが、果して来るかどうか。
「君の方では、好きではなかったのかい。」
「誰……永田か。ばか言うな。」
 戸川は、或は永田澄子に好意を懐いているのかも知れないし、或はおれと彼女とのことを心配してくれているのかも知れない。いずれにしても、それは解る。解るだけに、歯痒いのだ。
「君たちはいったい、人生に甘いよ。」
 戸川はびっくりしたらしい眼を、おれの眼に据えた。
「小便くさい女、てことを、君たちは知ってるかい。」おれは毒々しい気持ちになっていった。「女学生なんて、みな、小便くさい女だ。かりに、機微にふれることは除いて、常識的な眼で見ても、耳には耳垢をためてるし、鼻には鼻糞をつまらしてるし、靴の中でむんむんむれてる足を、家に帰っても洗わず、そのまま寝床にはいるし……とにかく、不潔だよ。」
 おれの眼には、木村栄子の磨きすました、香水の香りのしみた肌が、ちらついていた。女学生なんかとは比較にならない。
「そんなことを言えば、僕たち、男の学生だって、清潔とはいかないよ。問題は、精神だと思う。男女間の愛情にしたって、肉体を超えたところに在るんじゃないかね。
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