ば際限がない。然し設問の主旨はそんなところにはなく、特定のものを幾つか挙げて貰いたいのであろうし、或るいは風俗習慣や年中行事のうちの何かを挙げて貰いたいのであろう。だが私は今、そういうものを思いつかなかったのである。
このことに関連して、私は告白したいことが一つある。私は毎年、年末に、その一年中に受け取った書信をすべて焼却することにしている。昔からそうなのだ。如何なる関係の如何なる種類の人から来た手紙でも、すべて焼き捨ててしまう。だから、有名な故人の書簡集などが出版される折、それがたまたま私の知人だったりする場合、私宛の書簡の貸与を申し込まれて、ちょっと困ることがある。私信は公表すべきものでないという考えもあるし、第一、焼き捨ててしまっていたのだ。また、いろいろな人の形見にしても、棚の隅っこに埃をかぶって忘れられてることが多い。
こういう私の性情は、失いたくなく残しておきたいものは何か、という事柄から私を縁遠くさせがちである。進歩発展という意味でではなく、時々刻々の推移変転を私はむしろ楽しむ。温故知新は私の柄にない。非常冷淡な情けない奴だとも言えるが、また、現在もしくは将来にのみ生きる喜びを感じないでもない。
そういう次第故、この項の返答は御免蒙りたい。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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