を人為的に奪い去らるる、その当人の現実的な苦悶が、熱情をもって叙述されている。そしてすべてが、死刑廃止の主張へと集約される。
なお、これに類する作品をユーゴーはいくつも書いているが、それらの作品は、要するに、当時の社会組織に対する熱烈な抗弁である。教育の問題、貧富の問題、身分階級の問題、天意にさからう人為的死刑の問題など、広範な提案を含む。すべての人に教育を、すべての人に仕事を、すべての人にパンを、すべての人に平等な権利を、与えるべきであると著者は主張する。そしてこの主張は、著者が生涯を通じて叫びつづけたところのものである。
ヴィクトル・ユーゴーは、詩や小説や戯曲や論説などあらゆるものを書いているが、その核心においてはロマンチックな詩人である。このロマンチスムが、当時の十九世紀の社会状態に内在する不正義と対決するとき、人間の社会的ありかたについての熱烈な主張が生まれてくる。その理想主義は熱情に燃えて、小説までがなかば論説の面影をおびる。そしてこの種の小説の欠点としては、作中人物が作者によって勝手に操縦される傀儡《かいらい》になりがちだということが、指摘される。ユーゴーの最大小説たる『レ・ミゼラブル』についても、このことは言い得らるる。
小説と論説との限界については、いろいろと微妙な問題がある。それはとにかく、『死刑囚最後の日』のごときは、小説と論説との中間をゆくものとして、注目すべき作品である。そして現在においても、「磔刑《たっけい》台のかわりに据《す》えられた十字架」の時代がくるまでは、かかる種類の作品はその存在の理由をありあまるほどもつだろう。
ついでにことわっておくが、『死刑囚最後の日』について、作品と序文とを逆にならべたのは、執筆順序にしたがったからのことである。それから、この作品の翻訳は、ずいぶん古い以前になされたものであって、原文の調子を尊重しすぎて詰屈《きっくつ》すぎるきらいがあるかもしれないが、改訂の隙《ひま》がなかったことをお詫びしておきたい。
[#地から3字上げ]訳者
底本:「死刑囚最後の日」岩波文庫、岩波書店
1950(昭和25)年1月30日第1刷発行
1982(昭和57)年6月16日改版第30刷発行
入力:tatsuki
校正:川山隆
2008年5月17日作成
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