平然と受流して笑いながら、でたらめな調子になった。酒の飲み方が早くなり、流行唄をくちずさんだりして、そして坪井は何度も立ちかけた。まだ早いわと蔦子は云った。それがしまいには、帰るのがいやと云いだした。その時にはもう、二人とも酔っていた。酔ってからの時間は、知らないまにたってしまう。坪井は腹をたててるようだった。蔦子はひどく冷淡になっているようだった。
「今晩は送っていかないよ。」
「ええ、どうぞ。」
 蔦子は足がよろけていた。表通りで坪井に別れると、彼女は電柱によりそったり、時々立止っては熱い息を吐き、そしてまたふらふらと歩き出した。島田にいった頭が、風に吹かるる罌粟の花のように揺いでいた。お座敷着の身体が細そり痩せて、黄色のかった帯が大きく目立っていた。その後ろから、坪井は見えがくれにつけていった。狭い裏通りを、遠廻りにぐるりとまわって、彼女は家の前までいくと、そこの格子わきの柱に両手でよりかかって、その手の甲に額をおしあて、いやいやをしながら甘えるように身体を揺っていた。
「何をしてるの。」
 坪井が歩みよって声をかけると、彼女はきょとんとした顔をあげて、遠くを見るような眼で眺めた。
「まだ帰らないの……。大丈夫よ、酔ってなんかいないから……。」
 大きな声なので、坪井は、酔いきれないでいる胸のどこかで気がひけて、彼女の手を握りしめて低く云った。
「じゃあ、僕は帰るよ、早く家におはいりよ。」
 彼女ががらりと格子を引開けたとたんに、坪井ははっと身を引いて、両手を懐の中で組合せ、首垂れて、真直に歩き出した。もう何時頃なのか、人通もまばらで、小さなカフェーや小料理屋の中だけが、明るく、而も静かだった。彼はうるさい空自動車をよけながら、いつしか不忍池の方へ出て、寒い風に吹きさらされてる池の面を眺めやった。そこへ、ふいに、蔦子が馳けつけて、彼に縋りついた。
「どうしたの……。」
「探したわよ、随分。何だか心配になって……。」
 酔ったまま緊張した彼女の顔が、石のように冷たく見えた。それだけで、坪井の眼は涙でくもった。
「いやよ、家に帰るのはいや。」
「僕もいやだ。一緒に歩こう。」
 池のほとりを少し歩いて、それでもすぐにまた、二人は先刻出て来たばかりの家の方へ戻っていった。そして、表の戸を叩いて、出て来た女中へ蔦子が何やら囁いてる間、坪井はそこの物影にしょんぼり立ってい
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