岩石をつきあてるようなものだ。感心してなおコツコツやっていると、尖端の穴から、ぬっと男が出て来た。それが、彼だった。暖いのに、まだ冬のマントを着ていた。その長髪はばさばさして艶がなく、蒼ざめた頬へ疲労性の熱が浮いていて、瞳が据っていた。彼は私を見てとると、手に持っていた帽子を土管の上に投りつけた。怒っているようだった。
「何をしているんだ。」
 私は呆れた。
「君こそ何をしていたんだ。」
 彼はそれには答えないで、帽子を拾って頭にのせてから、私の方をじっと眺めた。私は軽蔑されるのを感じて、眼を伏せた。すると彼は私の腕をとって歩き出した。
「僕は面白いことを発見した。」と彼は話し初めた。「もうとてもいけないと思って、千代子にそう云うと……。」
 その、もうとてもいけないというのが、私から見れば、呆れはてた考え方なのである。前に云ったように、彼は殆んど借金で生活していた。友人たちから、借りられるだけ借りた。それから高利貸から借りた。利子が払えなくなると、他の高利貸から借りた。そういう風で、今に行き詰ることは眼に見えていた。然し彼は平然としていた。も一つの「今に」が控えていた。「今に仕事をする、そして借金なんか……。」その自信が余り大きかったので、他人の借金まで引受けるようなことをした。困ってる者が相談にくると、少々の金なら出してやり、都合がつかないと、借金の連帯保証をしてやった。それが全部かぶってきても、別に嫌な顔はしなかった。自分で借りたものよりも、そうしたものの方が多かったかも知れない。彼は田舎に多少の土地を持っていて、ほんとに困るとそれを売ったり、抵当にして金を借りたりした。だからわりに長く持ちこたえたとも云える。ところが、そうした借金はふえてくるばかりなのに、「今に仕事をする」その今にの方は、なかなかやって来なかった。なぜだか彼自身にも分らなかったらしい。人間の生活は、習慣に支配されてるもので、今に仕事をすると考えながら怠惰に日を送ることが、彼には一種の習慣となっていたのかも知れない。そして愈々やりくりがつかなくなると、彼は借金を全部計算してみて驚いた。意外の額に上っていた。そこで決心をした、仕事をしようと。然しそれには、さし当って面倒なうるさい借金だけは整理しておく必要を感じた。そのために土地を全部まとめて担保にいれて、四五千円拵えようとかかった。ところが、そ
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